第五章 妖命断つ者

「…鬼神様を説得するにはどうしたらいいと思う」

「そんなこと言われても…」

 白澤のお社に住まわせてもらうことになった翌日、私たち〝四人〟は春麗の区の妖狐のお宿で「いかにして戦をするのを止めさせるか」ということについて話し合っていた。

「あの鬼神相手に毎度毎度適当な話をしようものなら、私たちの命がいくつあっても足りないよ…」

「やっぱり侑都ちゃんの言う通り、何回も同じようなことを言って取り合ってたらキリがないよね」

 容易に近づけないというのは承知の上だったのだが、思っていた以上に鬼神というのは簡単にむごいことをするあやかしであった。

 光を…大切な友人をいとも簡単に葬ってくれた鬼神に対し、怒りや無念の感情がみんなの頭の中で渦巻いていた。


「お客さん方〜、鬼神様のお話してはるんですか〜?」

 悶々と悩みに悩んでいた私たちのもとに、お宿の旦那である妖狐がそう問いかける声が襖の向こうから聞こえてきた。

「い、いえ、あのっ…」

「またまたぁ、鬼神様のお話しとることくらいわかりますよ〜?そこいらのなんでもないような妖狐とはいえ、空気伝ってくる〝鬼神様〟いう響きにはさすがに気が付きます」

 失礼しますねー、と言い、襖を開け入ってきた妖狐の旦那は、金色の狐耳にふくよかな一尾を揺らしながら、机を囲んで会議をする私たちの間にすとんと腰を下ろした。

「それで、具体的にどんなお話してはったんです??」

 私は、首を傾げて問う妖狐の瞳に、一瞬、恐ろしい光が垣間見えた気がして。

 白澤から言われていた通り、さすが元秋風の区の中級あやかしだ…と思いながら、これからしようとしていることなどを一つ一つ説明した。


「…なるほど、そういうことやったんですね?」

「はい、実は…」

 一通り話し終わると、妖狐の旦那は何やら考え込むように顎に手を当て少しの間唸った後、〝妖退治軍あやかしたいじぐん〟に話してみるのはどうでしょう、と言った。

「妖退治軍…?」

「はい、通常、妖気を使わへんかったら人の子には姿が見えへん我々のことを、生まれた頃から見ることができる者の集まった組織です。あやかしからすればただの敵でしかないんで、あんま僕がこんなことを言うんも変やし、あかんのですけど…」

 僕も殺されたかないしなぁと、そう言って耳も頭も垂れてしまった妖狐の旦那は、

「と、とにかくですね。僕があなた方にこんなこと教えたんは、あなた方の中に特殊な人の子がおらはったからなもんで、鬼神様には内緒にしといてくださいよ…?じゃあ僕はこれで失礼します」

 やはり鬼神絡みだと、いくら秋風の区出身のあやかしであれ、身震いするものなのだろう。

 彼は、どこか焦ったようにそういって、お宿の奥へ行ってしまった。


「妖退治軍…一体どんな人達の集まりなのかな…」

「さぁ…?探して会ってみないとわかんないんじゃないか?」

「そうだね…でも妖狐さんが今夏夜の区にいるってボソッと話してたから…」

「…気は進まねーけど…行くか…」


 私たちはそう言った後、お宿を出てから白澤のお社へ行き、白澤に一声かけた後、再び夏夜の区を目指して歩き始めた。



 *



 犬神や豆狸を頼れない状況下において、夏夜の区に入ることに尋常じゃないほど苦戦した。


 犬神に頼みに行ったら、偶然その場にいた秋風の区の座敷童子に、犬神様は今、各区の長の会議に言ってていないよ?と言われ…

 白澤のお社を出る際に白澤本人にも会議があるので、と言われ…



 ──完璧に詰んだ。



 大体からして八岐大蛇やまたのおろちが門番という時点で夏夜の区は段違いにやばすぎる。

 このあやかしを門番に選んだ鬼神に、嫌味の一つでも零してやろうかと思ったが…

 そもそもそんなことしたら首と体がお別れすることになるし、よく考えてみればこのあやかしを門番にした理由も、わからないことはない…


「何の用でここへ来たのだ、人間の小童こわっぱ共」


 さっきから苛立ちを含んだ様子でそう問いかけてくる八岐大蛇の額には、彼岸花を模した紋がある。

 蛇の瞳のような瞳孔をもち、背後に大蛇を連れてる奴に対して、私たちは鬼神様の時と同じ、見た目からして強すぎるのでは…と思った。


「あ、あの、鬼神様に用があって…」

「…無理だ。今は夏夜の区には入れない。それくらい知っている事かと思っていたが知らなかったか人間よ」


 苛立っているというより呆れている様子で八岐大蛇はそう言った。


 …ん?ちょっと待ってなんで入れないの!?


 疑問に思って聞くと、「今は各区の長の会議が鬼神様のお社で開かれているからに決まっているだろう」と返された。

「隠世に住んでいるものならば誰もが知っている。なんならしばらく前に九尾の番の狐火が隠世の空に会議開始を知らせるべく飛んだばかりだぞ」

「そ、そんな…」

 そんなの知らなかった…

「俺達まだ隠世にきて長くなくて、そういうことわかんなくて…」

 真は必死でそう言ったが、通さぬという八岐大蛇の答えが変わることは無かった。



 *



「鬼神様、今日会議をなさるんですか?」

「?」

「あぁ、今からする」

 俺は今から各区の長の集まる会議で戦を開始するかどうかを決めると九尾の番に伝えた。

 いつものように「あい」と口を揃えて返事をした二人は、お社の外に出るや否や、空に向けて一際大きな狐火を放った。


 青と紫の狐火がそのまま各区の上空を飛んでいく様子を見た後、長が集まるのを酒を飲んで待った。





「鬼神サマ、今回はえらく急な会議だなぁ…」

 そういいながら一番乗りで社に入ってきたのは秋風の区の長の犬神だ。こいつはいつでも大体飛び回っているから狐火に気づくのが早かったんだな。


 その後に続いて入ってきたのは沙冬の区の長の青行燈と、春麗の区の長の白澤。

 白澤は大体の会議の内容に予想がついているのだろう、いつもと違う妖気を纏っている。

(…俺にとっちゃあ白澤の私情なんざしったこっちゃねぇけどな)





「これより会議を開始いたします」

 しばらくして、炯眼のその言葉で会議は始まった。

 ほかの妖気が入ってこないところを見るに、鋭峰が既に結界を張っているのだろう。

 …これなら安心して〝あの話〟ができるな。


「もうそろそろ戦をするのか?」

「随分と長い間待ちましたし、そろそろ頃合いでは?」

 この話に対して肯定派の犬神と青行燈は、その時を今か今かと待っているようだった。

 そう───人間との戦をする時を。


「人間四人の邪魔が入ったが問題ない、あいつらはこの時代の者ではないからな」

「…うちで匿っているあの人の子ですか」

 ようやっと口を開いた白澤は、その人間四人匿っている、と言い、どこか物寂しそうな顔をした。

 白澤のところに居候しているのは知っていたが…

 まぁ良い、もう俺が出した結論は決まっている。


「…そろそろ例の戦を開始する。無論、各区のあやかし総動員でな」


 もういつまでもうだうだと言っていられない。

 もとよりずっと、こうなることを望んでいたのだ。

 犬神は即答で「おうよ!やっとか!!」と嬉しそうに返し、青行燈も「戦いが専門という訳ではありませんが、私なりにできる限りで頑張りますね」と真っ直ぐな目をして言った。

(…青行燈。お前は専門じゃねぇくせして十分強ぇがな)


 …しかし。

「…私は反対です」

 ──やはりそうきたか。

 自らを善良な神獣と称する白澤はやはり否定した。

 奴とて恨みの一つや二つなぞあるくせに。

 きっとあの人間が作用したのだろう。

「ほう…?俺に口答えするときたか」

 鼻で笑いながら返すと、白澤は「簡単に戦をし、多くの者が血を流すことがまかり通ってはならぬのです」と言ってこちらを見据えた。

 九尾の番が殺ろうかと言わんばかりに二人して耳を立て、尾を揺らしたが、俺はそれを手で制し、

「お前だけいつも何事にも反対派だよなぁ?そんなに俺が気に入らねぇか」

 と嘲るように言った。



 殺気は出さないように工夫したつもりだったが、周りは俺の周りの妖気が濃くなったことに気がついたようだ。

 犬神が「おいまさか…」と、いつ殺し合い始めてもおかしくないような空気を漂わせている鬼と神獣に声をかけ、止めようとしたが…無駄だった。


「鬼神様が戦をするという考えを変えぬと言うのなら…」

「…殺るか?」

「ええ、一対一で戦ってみせます」


 そう言って白澤は、姿勢を少し低くしたかと思うと、境内の開けたところまで一気に距離を取った。

 俺は傍に置いてあった刀を鞘から抜き、周りに鬼火を浮かばせ、白澤と向かい合うようにして立った。








 ──そこからの戦いは長かった。

 延長戦、とまではいかなかったが、白澤も超上級あやかしの神獣、奴特有の二本の小太刀の扱いは並大抵のあやかしとは違っていた。

 俺も少し肌を切ったりはしたが…


 …結局のところ、最上級あやかしに超上級あやかしが敵うことは無かった。


「…やっぱり…お強いですね…鬼神様…」

 息も絶え絶え、ボロボロの白澤は小太刀を持つ手もダラリとさがっている。

 それもそうだろう。今までの戦いの中で、俺に片腕を斬られているんだからな。

「…にしてもだいぶ粘ったなぁお前」

 他にも鬼火で焼かれていたり刀でつけられた傷があったりするのに戦っていた白澤は、やはりそれだけ戦を止めたかったのだろう、もう既に致命傷を負っているのにまだ向かってこようとしている。

 さすが、四つの区の中で一番多くのあやかしを自らの区に住まわせている奴なだけあるな。



「鬼神サマー、やっちまえー!」

 …急に誰が言ったかと思えば犬神か。

 ──ヒュンッ…ザクッ!

「…へぇっ?!」

 間抜けな声を出して驚く犬神のすぐ後ろの壁に、犬神の首元すれすれで短刀が突き刺さった。

 同時にその短刀が飛んできた際に切られたのか、犬神の黒髪が数本、はらりと落ちた。

(戦いの最中に野次を飛ばされると腹が立つんだよな)

「よかったなぁ、首じゃなくて」

「は、ははは…」

 俺が飛ばした短刀に驚き、耳をぺたんと伏せた犬神はぎこちなく笑った。


 そして白澤は、俺と犬神がそのやり取りをしている間に、立っていることに限界が来たのか、ついにガクッと片膝をついた。



「…もう終わりにしてやるよ」

 俺はさすがにもう無理だろうなと判断し、白澤を地面に仰向けに倒し、

「最後に聞く。…賛成か、反対かどっちだ」

「私は反対、です…」

「やっぱりか…まぁいい、こっちに来れば上手く使えたんだが」

 …最後の最後まで反対するのか。

 白澤とはいずれこうなるだろうとは予想していたが、本当になるとはな。

「あとは…あの子達に…」

 何だ?まさかこいつ、あとはあの人間共に任せるというのか?

 無理だろう、そう思い俺は鼻で笑った。

「あいつら如きに何ができる」

 あの中の一人はいとも簡単に死んだが、残りの四人なら何とかできる、とでも思っているのだろうか。


 ──そして俺は、それでもまだ抵抗しようとしている奴の心臓のあたりを突いた。


 胸を一突きにされた白の獣は、その着物を血で汚し、何か言いたげな顔をしてからその目を瞑り、力尽きた。


「俺に口答えして向かってきたってのに殺られるなんてなぁ」

 俺はその春麗の区の長者の死体を地面に転がし、社へ戻って、その様子を黙って見ていた犬神と青行燈に、

「俺は今からやることがある。お前らにはそれを手伝ってもらうからな」

 と言って、炯眼に目配せし、作戦決行にむけて動き出した。



 *



 私たちはあれから結局、夏夜の区には入れてもらえず、白澤のお社までとぼとぼ歩いて帰ってきた。


「侑都ちゃん今からどうする?」

「疲れた…侑都、もう寝ていいか…?」

「ちょ、俺腹減ってきたんだけど…」

「ちょっとまって一気に話しかけないでっ!?」

 お社に着いた途端に口々に私に向かって喋り出したみんなをとりあえずなだめながら、

「とりあえず…今はまだ白澤様帰ってくる感じじゃなさそうだから…もうやることやって寝る…?」

「「「そうさせてください」」」

 …早々に寝るということにした。


 それからはいつもの通り、河童の銭湯に行って、蛟の薬湯に浸かり、戻ってくる途中に百々目鬼の八百屋で食べ物を買ってきた。

 一通り各々のやりたいこともやり終わって、一段落ついた頃、皆で布団を敷いて、もぞもぞと潜り込んだ。


 真は三秒も経たない内に寝付いちゃったし、優花は疲れて喋らなくなっちゃったしで、私は子憂と少し話してから寝ることにした。

「結局白澤様戻ってこなかったね…」

「まだ夏夜の区で会議してるのかもな」

「そうかもしれないけど…私、何か嫌な予感がするの…」

「嫌な予感?」

 そう、私はお社に戻ってきた時から少し違和感を感じていた。

 …お社の、白澤様の妖気が薄すぎたのだ。

 春麗の区はもともと全くといっていいほど妖気は濃くないのだが、ここだけ一際薄い。


 聞いた話によれば、そのあやかしが住む場にはそのあやかしの妖気が漂っており、その妖気の発生源であるあやかしに何らかのトラブルなどがあれば、薄くなってしまうことが稀にあるというのだ。


「…それで白澤様に何かあったんじゃないか、って心配になってる訳か」

「うん…」

 そう言うと子憂は、「嫌な予感、というのはわからなくはないが…」と言い、

「白澤様が戻ってくると信じて、次起きた時には白澤様はいる、と思っておけばいいんじゃないか…?」

 それなら不安になることもないから、とつけ足した。

 確かにそれもそうだ。白澤は超上級あやかし。よっぽどのことがない限りは大丈夫だろう。

 こんなに不安がってばかりいたら、まわりのみんなにも迷惑かけちゃうな、と思った私は、「…ありがと、子憂」と言ってから眠りについた。



 *



「ん…あれ、もう朝…??」

 目が覚めたのは昨日子憂と話してから数時間後くらい経った頃だった。

 …というか隠世にいるから朝かどうか判断出来ないんだった…

 ずっと夜である隠世に、朝の清々しさというのを求めてはいけないのかも…


「あ、侑都ちゃん…もう起きたの…?」

 優花は私が目が覚めた少し後に目が覚めたらしく、上体を起こしてぼーっとしている私に声をかけてくれた。

「あぁ、おはよう優花」

「うん、おはよう侑都ちゃん」

 私たちがそう言って笑いあった時に、子憂も真も起き出した。

「おはよう…女子は早起きだな…」

「ああああまだ寝てたい…」

「子憂、隠世なんだから早起きとかいう概念ないよ…それにさっき起きたばっかだし」

「あ、そっか…」

 なんか子憂も寝ぼけてる…


「ん、侑都ちゃん、ちょっといい?」

「何、どうしたの?」

 優花が急に顔をしかめて私に聞いた。

「何か鉄っぽい匂いがするんだけど…」と。

「え?鉄?」

 …あ、言われてみれば少しするかも…

 優花と同じく鼻が良くきく真も反応していた。

 にしても…どこから…?

 もしかして外…?


 そう思ってみんなで外に出たその時。

 私たちに衝撃が走った。




 ───白澤が境内の一角に座り、傍の木にもたれるようにして血溜りの中で息絶えていたのだ。




「…っ!?」

「は…白澤様…!!」

 私たちはその姿を見るや否や駆け寄った。

 …よく見れば全身が傷だらけだ。

 私は白澤様、白澤様と呼びながらその肩を揺すった。

 すると…


 するり、と一際多く血が滲み、流れる胸のあたりから、一枚の紙がでてきた。


 二つ折りにされたその紙を広げると…




「覚悟しとけ」と。その紙には墨ではなく、血でそう書かれていた。




 そして紙の下の方には、鬼神様を表すもの、と犬神に以前教えて貰った彼岸花の朱印が。

「ゆ、侑都、それ…!!」

「…これ…もしかして鬼神様が…書いたもの…っ!?」

 子憂もその朱印の彼岸花に心当たりがあったのか、それを見てすぐ反応した。



「…なぁ…白澤様がこんなになっちゃったからなのかわかんないけど、今日なんかやけに静かじゃねーか…?」

 ふと気がついたように真が呟いた。

 言われてみればそうだ。白澤様のことで驚き固まっていたからわからなかったけど…

 春麗の区は異常なほど静かだった。

 ここから少しだけ見える夏夜の区も誰もいないかのようだし、いつも飛び回っている犬神の姿も見えない。


 これ…もしかして…




「…戦の始まりが近いってこと…?」

「えっ、戦…!?」


 だってもうそうとしか考えられない。

 以前、まだ白澤が生きていた頃、お社にいる時に「春麗の区のあやかしを戦で総動員か…」と言って頭を抱えていたのを見たことがある。

 あの感じで行くと…

「ここ含め沙冬の区も秋風の区も夏夜の区もみんな戦をしようとして現世に行っちゃっていない…!?」

「「「…っ!?」」」

 これは…もしかしたら現世が今、大変なことになっているかもしれない…


「…現世…現世に行くしかない…!」

「侑都ちゃん、でもどうやって!?」

「今は各区の長もいないんだろ…!?」

「無茶なんじゃ…!」

 私はみんなが否定する中、 懐から三枚の妖力札を取り出した。

「妖力札、これを使えば…大丈夫、行けるよ」

 これは以前現世に行った際に、鬼桜葉神社の守尋さんに貰ったもの。

 この妖力札が一枚あれば現世に来られる、と教えてもらっていたのを思い出したのだ。

 私はその三枚の妖力札のうち一枚を地面に置き、四人でそれを囲んだ。


 そしてそこに向かって私が手をかざしたその時───私たちは白い光に包まれた。



 *



「いたた…」

 気づいた時には、もう江戸の町に来ていた。

 周りを見渡してもあの隠世の建物などは何も無い。


「ねぇ侑都ちゃん、あれ見て…」

 そして私より先に目が覚めていた優花の声につられてその指さす方を見ると…


 …町の人々が皆手に何かの紙を持ち、何やら震え、慌てている。


「ん、あれ何だ…?何かあったのか…?」

 子憂も不思議そうにその様子を見ていた。

 ただ、真だけは私たちと違う方向を見て、「あの人達に聞いたらいいんじゃねーか…?」と、周りが慌てているのに全く慌てず、むしろ何かを考え込むようにしてその紙を見ている五人の男女を指さした。


 よく見れば弓矢や木刀などを持っている人も混ざっていて、本当に話しかけていいのか…?と不安になったが…

 恐る恐る話しかけると…

「…何、あなた達。誰?」

 と、艶やかな茶髪を右耳の横で一つに束ねた女の人が言った。


 私がオドオドしながらも「その手に持ってる紙って一体…?」と聞くと、

「あぁ、これは今朝、犬神っていうあやかしと九尾っていう番のあやかしがばら撒いてった紙よ」

 ほら、と言って見せてもらうと、その紙には…


『今日。太陽が顔を隠し、月が顔を出した頃、江戸城の近くの丘にて、我らあやかしはお前ら人間共に総攻撃を仕掛ける。覚悟しとけ』

 と書かれていた。

 私は「覚悟しとけ」の書体がどこかで見たことのあるような書体だと思い、隠世を出る時に持ってきていた白澤の懐から出てきた紙を出し、見比べた。すると…

「これ、書体が似てる…!?」

「えっ、侑都、それどういうことだ…!?」

 …字の癖や書体がそっくりだった。

「要するに…」

 ──どちらも鬼神様が書いたものかもしれないということ…!?

 その女の人も二枚の紙を見比べ、「…どうやらどちらもあの鬼神が書いたようね」と言って唇を噛んでいた。

「鬼神様を知ってるんですか…?」

 疑問に思ったのだろう、優花がそう聞くと、女の人は「知ってるも何も、私たちの宿敵よ」と一言、ぽつりと零した。


 それを見て私は、もしかしたらこの人達なら今の私たちのしたいことを分かってくれるかもしれない…!と思い、「鬼神様を、あやかしとの戦を止めたい」という話をすると、彼女達は驚いたように目を見開いた後、

「鬼神を止める…となると倒す、ということよね?」

 と神妙な面持ちで聞いてきた。

 …確かに、あの鬼神様を止めるためにはもう倒す、ってことしかないよね…

 そう思った私が頷くと、

「どうやら私たちと同じ目的のようね」

 と言い、私たちに丁寧に自分達のことを教えてくれた。



 まず、私と話していた茶髪の彼女の名は、冷乃れのというらしい。

 そしてその横にいた黒髪ショートの女性は麗生りせ。濃紺の布が巻かれた木刀を携えているウェーブがかった黒髪の女性は波奈はな。それから黒縁の大人びた眼鏡をかけている男性は煇利きり、赤紫の結晶のついた弓矢をもつ男性は雷飛らと、と紹介してくれた。

 そして私たちも自己紹介をすると、先程からずっと気になっていたことを聞いた。

「あの…冷乃さんたちって…」

 会ってからずっと、そのいつでも戦えるような装備や、着物も動きやすいようなものになっている理由が知りたかったのだ。

 私たちがそう考えているのが分かったのか、冷乃さんは一拍置いてから自分達の組織の名を口にした。


「ああ、私たちは…妖退治軍あやかしたいじぐん、っていうのよ」


 ───妖退治軍。

 それは、私たちにはどこか聞き覚えのあるもの。


「もしかして…妖狐の旦那が言ってたやつか…?」

 一番早く気がついた子憂にそう言われて真も「あ、そういえば言ってたな…」と思い出し、私と優花もハッとした。


 …よく考えてみれば、妖狐の旦那に妖退治軍に話してみるのはどうか、と言われていたじゃないか。


 ということは…

「冷乃さんたち…いえ、妖退治軍の皆さんもあやかしが見えるんですよね…?」

「ん、そうだよ?生まれた時からずーっと見えてたからね」

 そう笑って返してくれた麗生は、あなた達も見えてるんでしょ?と言った。

「あぁ、多分だけど、侑都が持ってる妖力札、ってやつのおかげで見えてるんだと思う」

「要するに強い妖力によって見えているってわけだ」

 子憂と真がそう言うと、

「「「「「妖力札…っ!?」」」」」

 妖退治軍全員がその言葉に反応した。

「よ、妖力札って、鬼神を倒せるかもしれない貴重なものよ!?」

 焦って私に迫りながらそう話す冷乃を、「れ、冷乃、落ち着いて…!」と周りの退治軍のみんなが止めた。

「もうそれを隠世にも行ったあなたが持っているってことは、その妖力札を扱い、鬼神を倒せる者はあなたしかいない、ってことね…」

 …え?わ、私!?

(確かに豆狸さんにも私だけが扱えるって言われたけど、まさか冷乃さんにも言われるなんて…)

 こんな平々凡々で、ごくごく普通の人間の私に、一体どんな力があるというのだろう…

「侑都、これはあなたにしか頼めないことなの。頼まれてくれる?」

 真面目な顔をして言う冷乃の言葉に少し震えながらもこくりと頷くと、

「…鬼神を倒すのはあなたに任せるわ」

「…!?ま、任せるって…私一人で倒すんですか!?」

「ええ。あぁ、そりゃさすがに護衛はいるわよ?けど、これはあなたにしかできないことなの」


 ……ついに私が鬼神様を倒すことになってしまった…

 周りの皆は大丈夫?と心配してくれたが、私は「私にしかできないことなら、最後まで頑張ってみるしかない」と言い、冷乃にわかりました、頑張ります、と言った。

 冷乃は嬉しそうに「良かったわ」と言うと、作戦を立てましょう、と私たちを妖退治軍のみんなが泊まっているという宿屋に案内してくれた。



 *



 案内されたお宿では、旦那と女将が困惑の表情を浮かべながら、例の紙を見ていた。

(やっぱり気になるし怖いよね…)


 ただ、そんなことに気を取られていてはいけないと波奈に言われ、私たちは妖退治軍のあとについて二階の部屋へ入った。



 二階のその部屋には、大きめの卓袱台があり、その上に江戸の町のものと思しき大きな地図が広げられていた。

「ここが鬼神が戦を開始すると思われる丘よ」

 冷乃さんはコト、と鬼火の柄が入った石を江戸城付近の丘のあたりに置いた。

「ここから戦が始まる…?」

「そうね…そういうことになるわ」

 でも、あれだけの強いあやかしが一気に攻めてきたら、妖退治軍五人では無理があるのではないか。

 そう思ったのが顔に出ていたのか、察した麗生さんは、

「何も妖退治軍だけが動く訳じゃないよ」

「えっ、そうなんですか?」

「…徳見直康とくみなおやすの陣営も動くってこと」

 それに続くように波奈は徳見直康、という名を口にした。

「その人…確か江戸城の城主…?」

 私たちの中でも歴史に詳しい子憂がそれに反応した。

 そう、と頷いた煇利の口から出たものは、一部の人間しか知らないであろう事だった。


「妖軍の鬼神がこの戦でしようとしていることは…徳見直康を殺すことだ」


 私の頭の中はそのことを聞いた途端、たくさんの「え、なんで?」で埋め尽くされた。

 第一何で鬼神様がそんなお偉い大名を殺すことをメインに掲げているのだろう…

「もしかして、鬼神様と徳見直康側の間に何かあるのか…?」

 勘がいい真がそう聞くと、「おそらく奴が生きていた頃に、だけどな」と雷飛は言った。

「鬼神は人間だった頃、この江戸に住んでいたらしく、その時に徳見家がした戦で、奴は家族や恋人を殺され、その恨み、怨念から、とんでもなく強いあやかしになった…と聞いたことがある」

 そ、そんなの初めて聞いた…

 あの隠世の鬼神含むあやかし全てが元は人間だったことは聞いていたけど、あの人の過去にそんなことがあったのは知らなかった。

「もとは普通の、とても優しい人間だったらしいわ。あんなことがあったから、人間への憎しみや復讐心が大きくなって、大変なことになっちゃったけど…」

 冷乃さんはその過去のことを少し知っているのだろう、そう言って俯いた。

「だからこの戦の一番の目的は、鬼神の徳見家への復讐」

 あの九尾の番も、ほかのあやかしも、人に対しての復讐心がある者がほとんどだから…と続けた麗生は、「ただ…ほかの人間たちも殺そうとしている今の隠世のあやかしたちは、我々が退治しなければならない…でないと、人の世が大変なことになるから」と、消え入りそうな声で言った。

 ──妖退治軍の五人は、強くて残酷なあやかしの過去を知っているから、何もすべてが倒したくて倒してるんじゃないってこと…?

 今までの流れで行くとそうなる。ただ、放っておけば人の世が廃れてしまうことは間違っていないから、じゃあ倒さなければいいじゃないか、とは言えない。

「何か難しいな…」

 真もいつになく真剣な表情をしている。

 一同が深く考え込んでいたところに、「でも…もうこんなことを言っていられる暇もほとんど無いわ」と冷乃は言った。

「戦が開始されるのは、今朝ばら撒かれたこの紙に書かれているとおり、日が沈み、月が出始める頃…だとすれば、もう既に日が傾き始めている今、ゆっくりしている時間なんて無い…!!」

(いけない、そうだった…!!)

 慌てて窓から外を見ると、もう夕暮れ時だ。

 これは…まずい…

「お、おい、冷乃さんたち、これ、もうすぐ戦が…!!」

 子憂が焦りながらそう言うと、

「みんな、今すぐ戦う準備をして、徳見家の軍のところまで行くわよ!」

「は、はいっ!!」

 冷乃はこの場にいる全員にそう呼びかけ、ついに私たち人間とあやかしの戦のために動き出した。

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