七夕編
商店街では毎年、中心部にあるモニュメントに巨大な笹を飾る。
傍には商店街組合で作成した、色厚紙でできた素朴な手製の短冊がかごに入っており、さらに隣にひも付きマジックとテーブルと椅子。通りすがりの誰でも、願いを書いて空いている場所に吊るすことができるというわけだ。ローカル臭あふれる地元の七夕行事である。
一年で一番日が長いこの頃、薄れた水色と西の茜をバックにさらさらさらと笹が揺れる。色とりどりの短冊がつるされた笹の正面、これまた片手に短冊を持ったツインテールの女子高生が夏服姿で立っている。真剣な顔で、短冊に書いた願い事を見つめては笹を見上げ、結べる場所を探していた。低い場所は既に子どもたちの願い事で占拠され、小柄な彼女は物欲しそうに頭上の笹をまた仰ぐ。飲みに行こうと賑やかな、仕事帰りのサラリーマン。塾に遅刻しそうな学生たち。彼女の傍を通り過ぎていくのは、あわただしくも夏の宵にどこか浮かれた喧噪だ。
「亜緒ちゃんなにやってんの?」
「ひぅっ」
急に背後から影とともに声がして、彼女の肩は黒い毛先ごとびくりとはねた。振り返るまでもなく声の主はわかっている。彼女の仇敵にしてクラスメートの、
「……ちょっと、驚かせないで。お店はどうしたのよ、辰巳くん」
「あれ、驚いたんだ。背後に隙がありすぎじゃないの」
辰巳料馬はにまりと口の端を意地悪そうに上げて、小柄な少女を挑発する。
「っていうか『ひぅ』って。意外と悲鳴かわいいね、亜緒ちゃん」
にやにやと笑われ、少女は屈辱に赤面する。許しがたい。
「で、何の用。サボってないで働きなさいよ。お姉さん一人じゃ大変なんじゃないの」
「お得意さんに特別出前してきたところだから、別に大丈夫だよ。見かけたから、なにやってんのかなって思って」
「見てただけよ」
右手で背中にさり気無く短冊を隠し、斜め下の小石を眺めて真っ直ぐな視線から目を逸らす。思い上がりもはなはだしく、正義の味方を自称する辰巳料馬は常に彼女を正面から堂々と見つめてくる。弱みはないかと狙われているのだ。油断するわけにはいかない。
「ふうん」
「……なによ」
「背中の右手でなに持ってんの」
――ほら来た、直球。
気づかれないように奥歯を噛みしめ、亜緒は挑発的に微笑んでみせる。
「ふっ。なんだと思う? 公衆の面前で変身するつもりがあるなら……」
「いや、短冊じゃん」
「熱量メイト弾!」
一瞬でジャンキーホワイトの必殺技のひとつ、多彩な味を持つクリーム色のブロックによる攻撃が展開される! 命中とともに砕け散り歯の隙間に隅々まで入り込み虫歯を誘発する恐ろしい副次効果のある物理攻撃を、しかし予期していたオフクローは生身で避けた!!
「ちぃッ!」
激昂のあまり、思わず短冊を手放していたことにも気づかず次弾を装填するジャンキーホワイト。だが戦闘経験の差というものであろう、料馬の方が一枚上手だ。彼女の手放した短冊に素早く目をつけ、一瞬の隙を見つけて地に落ちる前に奪い取る! 第二弾を放とうとする直前、掲げられたそれを目にしてジャンキーホワイトは顔色を変えた。
「あっ……! や、こら、返しなさい、卑怯者ッ!」
「いやです」
にまりと意地悪そうな笑み。怒りの涙を浮かべて背伸びし取り返そうとする手からひょいと遠ざけると一番星の天に向けてピンク紙の短冊を掲げ――
そのまま、彼女がどうしても届かなかった高い位置にしっかりと結びつけた。
「ほら。これでいい?」
苦笑気味に見下ろしてくる辰巳料馬を、ぽかんと見上げている彼女の毛先を夕風がさらっていく。やがて彼女は黙りこみ、俯いた。沈黙が長い。若干うろたえる料馬。
「あ、亜緒ちゃん? 飾りたかったんだよな?」
白緑亜緒は、相変わらず沈黙している。
少しずつ、夕焼けは濃くなり東は闇に沈んでいく。カラスがごみ置き場に残された食品のカスをつついている。彼らの塒はアーケードなので山には帰らない。
「あの、亜緒ちゃ……って痛てっ、ちょ、わ、こら!」
腰を曲げて、覗きこもうとした厚い胸元に、不意打ちでぼすりと拳が叩き込まれた。さして強い力ではなかったものの、彼女は俯きがちのまま両手でドスドスと仇敵に連打を打ち込み、最後に小さく、
「……おぼえてなさいよ」
睨みながら呟くと、踵を返して夕日に染まる商店街を三百メートル毎粒の速さで駆け去って行った。彼女の背中を隠すように、笹がさらさらと揺れていた。
オフクロー! 竹村いすず @isuzutkm
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