オフクロー!

竹村いすず

第1話 その身を包むは炊きたてご飯の郷愁香!? ヒーローは街のおふくろさん!

アバンタイトル


 チッ、チッ、チッ、………


 闇夜にマッチを擦るような、規則正しい音。

 何の音だろうか。


 ……我々は知っている。


 この音の出処でどころを知っている。


 チッ、チッ、チッ、………

 チッ、チッ、チッ、……ポーン………。


 時計の針は、止まらない。

 短針と長針がつかの間「12」の数字の上で交錯しただけ……ただ、それだけのことだ。

 深夜0時とはすなわち、深夜24時と同義なのである。「明日」を欲しないものにとって、今日と明日の境目など不要、いや、不要どころか――いっそ積極的に邪魔ものといっていい。


 23時59分であろうとも、00時01分であろうとも。一秒は同じ一秒であり。ただ無慈悲にかたくなに。かすかな泣き声も飲み込むように。規則正しく、無情に、ただ、カフスボタンの下で変わらぬ時を刻み続けていくのである……。


 否!


 果たして、そうだろうか?


 考えてもみよ!

 時を刻み生きる我々が、月日の数えを不要と断じるなどあまりに不遜極まりないのではなかろうか!? それが……真に正しい人間の姿なのであろうか!? 



 ……


 ……………


 秋の夜。

 ビル風が、元気のない都会の街路樹をざわざわと騒がせていた。

 ほのかな街灯を残して闇に沈んだオフィス街の狭い迷路のような空を、より黒い影が横切り、窓から窓へと飛び移る。

 やがてその影は、煌々と白い光を溢れさせるオフィスビルを最後に、ふっつりと姿を消した。



 ……数分後。

 オフィスビルの吹き抜け、シャンデリアを模したきらびやかな飾り照明の上に、さきほどの影はいた。

 ガラス張りのバリケードの奥には、一様に同じコスチュームに身を包んだ男たちの群れ。侵入者に気づかない彼らの住処を、影の足元から湧き出した白い蒸気が音もなく包み込んで行く。


 間もなく、月が上天にかかる頃――揃いの黒服に身を包んだ悪の僕たちを一瞬で振り向かせるほどの朗々とした声で、その姿は高らかに死の宣告を歌い上げた。


「帰宅せよ……。『社長』のしもべたちよ!!」


 語りかけるような暖かさを孕んだ厳しい声音は、ああ、なんという攻撃力だろう。

 誰もが胸を懐かしさにかきむしるような、落ちつかない気持ちに襲われる……!


「そ、そこにいるのは誰だ!? 」


 異常に真っ先に気付いた一人の男が、誘惑を振り切り、煙を払って立ち上がり、月の影を振り仰ぐ。しかし、月を背負ったかの顔は、足元の照明にカッと照らされているものの、立ち上る白い煙にかすれてよく見えない。

 だが、ひとつだけ。

 戸惑う彼にも理解できたことがある。


 この煙はッ!

 郷愁を誘う、ほのかに甘く切ない白い煙は、……炊飯器の蒸気の香りッ!!


「女、子どもを泣かせる奴は、この私が許さない! 『何者か』ッ!? 問われるならば答えよう!」

「き、貴様はまさか……まさかァッ!」


 悪の組織の構成員が、一斉にネクタイに手をかけ、警戒の表情もあらわにガタガタと席を立つ。

 しかし、時すでに遅し!


「聴こえないのか!? 妻と、子どもの泣き声が! 故郷でお前を案じ続ける、お袋さんの溜め息がッ!! 自宅に帰れ!! さもなくば『社長』のもとに案内してもらうぞ……。この、」


 秋の夜長の月灯りに、左手の黒い鉄器が光る。右手で木製の細長い二本の棒をヒュヒュパンと回転させ、そのシルエットは高らかに名乗りをあげた。



「オフクローの名にかけて!!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る