9. 試合後 ~ 決勝戦


 試合後に行われる報道関係者へのインタビューはキャプテンの新藤が全て答えるが、今日は珍しく岡野も記者から声をかけられた。

 「岡野君、ちょっとだけいいかな?」

 左腕に腕章を着け、首から取材許可証の入ったネームプレートをぶら下げている。年は二十代後半か三十代前半、大きな円いレンズが特徴的な眼鏡をかけており長い髪を一つに束ねている女性だ。

 「はい、大丈夫ですよ」

 「ありがとうございます」

 別に断る理由は無いので応じると、女性はニコリと人の好い笑顔を浮かべた。手にしていた手帳を開くと、反対側の手でボールペンを握る。

 「アタシ、石川新聞社の星野と言います。早速ですけど質問に入らせていただきます……二試合連続で完封されましたが、今日のピッチングについてはご自身でどう感じましたか?」

 「そうですねー……調子も普通で、いつもと同じように投げました。結果はたまたまです」

 岡野から発せられる一語一句を洩らすまいと必死にペンを走らせる。記者も大変だなと思った。

 「本日の勝利で北信越大会への出場権を獲得しました。今の率直な気持ちを聞かせて下さい」

 「試合に勝てたのは素直に嬉しいです。ただ、明日も試合があるので、それに向けて集中したいです」

 「今大会ここまで岡野君の好投が光っています。それが泉野高の快進撃を支える原動力になっていると思いますが、何か秘訣とかありますか?」

 「いやー、自分は新藤のサイン通りに投げているだけですので、特別何かあるというわけではないですね」

 「では最後に……次勝てば悲願の初優勝となりますが、意気込みを一言」

 「普段通り、いつもと同じように投げるだけ。それだけです」

 一瞬だけ困ったように表情を曇らせたが、すぐにそれを打ち消すように笑顔を見せた。

 「……分かりました。本日はお疲れのところ、ご協力ありがとうございました」

 ペコリとお辞儀すると星野は去っていった。歩きながらペン先で頭を掻いていたので、恐らく記事に載ることは無いだろう。

 自分が逆の立場だったとしても今の受け答えで頭を抱えていたに違いない。高校球児の理想的な回答からかけ離れており、多くの読者の関心を惹けるとは思えないからだ。嘘や虚勢を言っても仕方がないのでありのままを答えたが、悪いことをしたと胸が痛んだ。

 実際、翌日の朝刊に岡野のインタビューは掲載されていなかった。県庁所在地でもあり全国的に知名度のある観光都市でもある金沢は一見すると都会のイメージがあるものの、実体は田舎と変わりがない。噂もあっという間に広まるが、岡野が町中を歩いていて声をかけられたり学校で話題になることは一切無かった。


 次の日、反対側のブロックを勝ち上がった星城との決勝戦。初回から星城の強力打線が火を噴いて三点を失ったのを皮切りに失点を重ね、序盤を終えて五点を追いかける苦しい展開となった。

 岡野も七回から登板したが、相手の勢いに呑まれるように先頭打者へ投じたスローカーブをスタンドへ運ばれて早々に失点。次の回も連打を浴びてさらに一点を失った。いくら守備を鍛えていても外野の頭を越えては対処のしようがない。調子自体は悪くなかったが、先発の悪い流れを引きずってしまった形となった。

 終盤に泉野高も反撃したが、試合は七対二で完敗。岡野も二イニングを投げて二失点と散々の内容である。

 (……まぁ、仕方ないな)

 今までが出来すぎだっただけで、これが本当の実力だろう。打撃マシンも配備され、専用の室内練習場も練習グラウンドも有している私立の学校に岡野が入学していたら、どう考えても試合に出られない打撃投手レベルだ。凹むどころかよく二点で抑えられたとさえ思った。自分が今日先発していたとしても、結果は変わらなかったに違いない。

 負けたものの、来月に開催される北信越大会への出場は確定している。今度は北信越五県の予選を勝ち抜いた精鋭がぶつかり合い、センバツの出場枠二つを争うことになる。これまでとは比べ物にならないくらい厳しい戦いが待ち受けている。

 (甲子園、か)

 甲子園、それは全国の高校球児が憧れる野球の聖地。岡野も当然その夢舞台に立ってみたいと思う。けど―――

 (厳しいかなー……)

 絶対に無理とは思わない。今大会も新藤一人の力が大きかったが連勝を重ね、準優勝に輝いた。けれど、次に戦う相手は一回戦から各地区の予選を勝ち抜いた強豪校。奇跡でも起きない限り、トーナメントを勝ち進むのは難しい。一つでも勝てれば上出来だ。

 「もしかしたら」と考える程に自惚れてはいない。客観的に現実を捉えていた。

 あれこれ考えている内に、ふと疑問が湧いた。

 (……甲子園に出ると内申点にプラスされるのかな?)

 望んで出られるものではないけれど、もし事実であるならそれはそれで嬉しい。推薦を貰える程度の学力は無いので、内申点の底上げは受験する上で大きな武器となる。

 まだ本格的に受験のことを考えていないものの、進路担当の教師が「今の時期から勝負は始まっている」と盛んに言っているのが思い浮かんだ。

 (だったら頑張ろう)

 我ながら現金な奴だと思う。でも、漠然とした目標より具体的な目標の方がモチベーションは上がる。

 やれるだけの努力はしてみようかな?と前向きに考えてみることにした。

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