5. 準決勝・二回裏


 二回裏。この回の先頭は今大会絶好調の福山。

 (……意外と体細いんだな)

 ホームランを量産するスラッガーと聞けば鍛えられた筋肉でがっちりとした体格のイメージがあったが、打席に立つ福山はどちらかと言えば華奢な体つきをしていた。恐らくユニフォームの下には飛距離を生む筋肉がしっかり付いていると思われるが、とてもそうは見えない。いずれにしても、警戒するに越したことはない。

 初球。新藤は内角高めへ外れるストレートを要求してきた。ランナーが居ないので長打を警戒しての配球だと推察した。

 ロージンをしっかり馴染ませてから、岡野は要求された通りにボールゾーンを狙ってボールを投じたが―――

 (―――あっ!?)

 ボールが指から離れた瞬間にヤバイと直感した。微妙なズレが生じてストライクゾーン寄りになってしまったのだ。甘く入ったインハイなんてホームランバッターにとって絶好球である。福山も迷わずフルスイングする。

 真芯で捉えた打球は高々と舞い上がり大きな放物線を描いて―――レフトポールを僅かに切れる特大のファールとなった。白球は悠々と場外へ消えていった。

 (危ねぇ……助かった……)

 打たれた瞬間は流石に胆を冷やした。抜けたボールと分かると即座に反応した福山も凄いと思う。肘を畳んでコンパクトに振り抜いたがほんの少しだけタイミングが早かったおかげで命拾いした。打球の行方を注視していた観衆のどよめきがまだスタジアムに余韻となって漂っている。

 毎試合何回か失投はあるが、まさか今のタイミングで出るとは予想もしていなかった。危うく福山に今大会四本目のホームランを献上するところだった。

 落ち着け。まだ心臓がバクバクしている自分に言い聞かせる。ここで動揺したら次は間違いなく持っていかれる。だから今が踏ん張りどころだ。

 一旦プレートを外してから深呼吸を一つする。勝負に対してこだわりは薄いが、やっぱり負けたくない。気持ちを一度リセットしてから再び対峙する。

 相手の表情や仕草を観察するのが岡野の癖で、今回も福山の反応を確かめたが特段変化は見られなかった。露骨に感情を表に出す選手も多いが、どう感じているのだろうか。

 次に新藤が要求してきたのは内角低めへのスローカーブ。これも先程と同じように外れてもいいと思って投げたが、こちらは主審がストライクと判定。コースに入っていたか微妙なボールだったが、今度も福山は不満そうな態度を見せなかった。

 色々あったが結果的に二ストライクと追い込んだ形となった。このままの勢いで押し切るか、それとも一球挟んで様子を見るか。

 三球目。珍しく気合を白球に込めて全力投球したのは―――初球と同じ内角高めへのストレート。福山も呼応するようにフルスイングしたが……無情にもバットは空を切った。

 新藤のミットにボールが収まるのを見届けると岡野は思わず右手でグラブを叩いた。喜びが表に出るくらい、嬉しかった。

 サインを目にした時は内心面喰った。失投とは言え場外まで運ばれた記憶はまだ生々しく残っている。正直「ここで無理に勝負しなくてもいいのでは?」と思わなくもなかった。だけど、その一方で「抑えてやる」と燃えている自分も居た。

 負けたままで終わりたくない、どうせなら三振に仕留めたい。滅多にない欲に突き動かされた。

 球速は百三十四キロとお世辞にも速いと言えないが、気合が入っていた分だけ球威が冴えた。ここ一番に賭ける気持ちの差で覆しがたい実力差を逆転したことが、今回の結果に結び付いた。

 空振り三振に終わりベンチへ戻る福山の背中を眺めながら、岡野は昂って熱くなった心を落ち着かせようと必死になった。

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