アルビル

303帖 アルビル

『今は昔、広く異国ことくにのことを知らぬ男、異国の地を旅す』



 廃村を出ると小さな川に沿った道を歩く。このまま川沿いに進んだらArbilアルビルの街へ辿り着けそうや。


 太陽がどんどん高度を増してギンギンに照り付ける中、木陰も何も無い砂漠の道をただひたすら歩く。

 唯一救いやったんは、川が流れてる事。傍に水があるちゅうだけで生き延びられそうな気がする。勿論、濁流やけど。それと水量はそんなに無い……。


 30分位歩いて、休憩してる時やった。

 後方から車のエンジン音が聞こえてきたんで振り返ると、小さなトラックがこっちへ向かって走って来る。僕は思わず立ち上がり、トラックへ向かって手を振った。

 するとトラックは僕らの横で停まり、運転手のおっちゃんが話し掛けてくれる。それにミライが立って対応してくれた。


「おにちゃん。このトラックはアルビルまで行くんだって!」

「ほんまか。ほしたらアルビルの……、何処かホテルの前まで乗せてって貰えへんやろか」

「分かった。お願いしてみる」


 ミライが運転手と交渉を始める。何やら僕の事とかSulayスレイmaniyahマニヤからやって来た経緯まで話し込んでるみたい。

 そしておっちゃんは笑顔で荷台を指差し、


「ジャポン、グー!」


 と笑顔で言うてくれた。


「スパス(ありがとう)」


 と、お礼を言うて握手をした後、僕らは荷台に乗り込む。ミライの手を引いて引っ張り上げ、野菜や果物が載ってる荷台の端っこに座るとトラックは動き出した。


「良かったなぁ」

「うん。とても楽だね」


 少しミライの顔に笑みが戻ってきてる。

 トラックは砂煙を上げ、川沿いの小道から大きな道へ入って走る。幾つか小さな村を越えると、徐々にアルビルの街がはっきりと見えてきた。


 これでやっとアルビルに着くわ……。


 今まさにアルビルの街に入ろうとしてた時、南の遥か遠くで白い煙が上がってるのに気付く。よく見ると、あれは煙やのうて爆弾が爆発して立ち上がった砂煙の様な感じや。どれ位遠くかよう分からんけど、アルビル近郊でもやっぱり戦闘は起こってるんやと思うと、ちょっと怖なってくる。


 それでも次第に家の数が増えてきて、人の姿が見えると安心出来る。平屋建ての家が多いけど、街の中心に近づくにつれ高い建物も目立ってくる。字は読めへんけど商業施設風の看板が見えてくると、やっとアルビルの街に着いたという実感が湧いてきて嬉しくなってくる。

 ミライの顔は安堵と言うか、表情が緩んできてた。


 アルビルの町並みは日干しレンガで作られたカーキ色の建物が多い。そやけど近代的な鉄筋コンクリート製の建物もある。

 道路脇には木々が植えられてて、今まで見てきたどの街より緑が多い様に思う。それに広い公園には樹木や花がたくさん植えられ、都会的な雰囲気。自動車屋さんや近代的な銀行やショッピングモールらしき建物もあった。所々に見える砂地の地面がなかったら、ここはヨーロッパかなと思うほど程や。大きなモスクもあるし、砂地の空き地も結構あるし、やっぱり「オアシスの大都市」って感じかな。


 通りを歩いてる人は余り見かけへんかったけど、角々の広場には大勢の人が屯してる。それもたくさんの荷物を抱えた家族連れが多く、表情はどことなく不安そう。

 老人や頭からスカーフを被ってる女性、それに子ども達が多い。赤ん坊を抱いてあやしてるお母さんも結構居る。

 それぞれが家族単位なんやろか、木々の木陰毎に集まり、家財道具を置いて腰掛けてる。

 その人達は戦闘を避け、ここアルビルに逃げてきたんとちゃうやろかと僕には思えた。できれば話しを聞いてみたいもんや。

 もしそうなんやったら、アルビル近郊でも戦闘が激化してるって事やな。


 アルビルの街は安全か?


 そういう疑問も湧いてきたけど、兎に角今はこの街で過ごすしか無い。どうか無事であってくれと、Pêşmergeペシュメルガの奮闘に期待するしか無かった。


 道路には、勿論車は走ってるけど、これだけの都会にしては少ない様に思う。それに大きな空き地にはやっぱり軍用車両が駐屯してて、そこだけは緊張感がある。

 あと、やたらと救急車の音が聞こえてたのも、やっぱり戦闘のせいなんやろか? だんだん不安になってきたわ。


 幾つか角を曲がった所で急にトラックは停まった。

 運転手のおっちゃんに降りろと言われ、ほんで向かいの建物を指差してる。どうやらあそこがホテルらしい。

 荷台から降りると、ミライはおっちゃんに丁寧にお礼を言うて少しばかりのお金を差し出しててたけど、おっちゃんは受け取らんとトラックを動かし始める。僕は深々とお辞儀をして見送った。


 久々に地面に足を付けてると、かなりの疲労が溜まってるやろう、足が震えてた。


「取り敢えずホテルに入って休もかぁ」

「そうね。それからね」


 車の少ない大通りを横切り、向かいのホテルへ近づく。するとどうやろ、ホテルの2軒隣のレストランからええ匂いがしてくるではないか。


「ミライ、どうする。先に何か食べへんか?」

「いいね、おにちゃん。私、お腹ペコペコよ」


 やっぱりそうやわな。ミライには辛い思いをさせてたんや。ごめんなミライ……。


「よっしゃ。そしたらまず腹ごしらえや」


 店に近づくと匂いは濃くなり、その香ばしい香辛料のそれが刺激となって急激にお腹が空いてくる。今まで多少の空腹感は、ミライの手前もあって我慢してたど、もうそれも限界を越えそうやった。



 つづく

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