293帖 2回目の……

『今は昔、広く異国ことくにのことを知らぬ男、異国の地を旅す』



 ミライの衣服が掛けてある木の横には、少し伏し目がちに微笑みながら一糸纏わぬ姿で立ってるミライが……。


 白い肌、膨よかで張りのある胸、括れたウエスト。そして恥ずかしげもなく露わになった下半身。

 周りの風景こそ違うけど、まるでボッティチェッリが描いた「ヴィーナスの誕生」の絵を見てる様や。


 思わず絶句して立ち尽くしてると、


「さー、おにちゃんも服を脱いで」


 と、優しい声で言われて僕は我に返る。


「そ、そやな」


 どないしよとか恥ずかしいとか思う事もなく身体が勝手に動く。

 上着を脱いで木に掛けてると、ミライが腰に巻いてる布やズボンを脱がせてくれる。靴も一緒に脱ぐと僕も生まれたままの姿に。

 お互いに見つめ合てたけど気恥ずかしい事は無かった。まるで「アダムとイヴ」やなと思た。そやけど傍にある木は林檎やのうて杏の木やし、周りは砂漠やからなんかおかしなって笑ろてしもた。


「どうしたの?」

「いや、何でもない」

「さぁ、水を浴びましょ」


 コッヘルを持って水溜りに向かうミライ。小刻みに揺れる小さなお尻を見てると僕は思わず抱きしめたい衝動に駆られる。

 僕はミライの背中を追い、ほんでそのまま抱きしめた。


「わぁっ」

「ごめん」


 後ろからミライの身体に手を回し、ギュッと抱きしめる。ミライの身体に力が入っるんが分かった。

 左の肩には、もう腫れてないけどまだ青いアザが残ってる。僕はその横の首元に吸い付く。


 ミライの身体の力は抜け、くるりと身を翻すと両手を僕の首に回してくる。唇を合わせ、僕はミライの身体を抱いてゆっくりと草の上に膝を付く。そのまま横になり、僕はミライに対するありったけの思いを投げかける。ハミッドさんの事や日本に行きたいミライの気持ちに、僕はそれを身体で表現し、それに応えた。


 一緒に日本へ行こう。なんとしてでも生きてSarsankサルサンクに戻り、二人で日本へ行こ……。


 それが僕の答え。砂漠の中の小さな泉での出来事やった。



 目を瞑ったまま満足そうな笑みを溢し、リラックスしてるミライの顔に僕は何度もキスをしてた。

 暫くすると、パッと目を開けて僕を見る。少し潤んだ瞳が輝いてる。


「そろそろ水を浴びをしましょ。寒くなるわよ」

「そ、そうやな」


 まだ陽は高かったけど、少し風が吹き出してきてる。今は生暖かいけど、いつ冷たくなるか分からん。

 僕は起き上がり、コッヘルを持って水を汲みに行く。水溜りの上辺の水をそっと掬いミライの所へ戻ってくると、ミライは立ち上がり目を瞑って上を向いてる。僕は顔から水を掛けた。


「わっ、冷たい!」

「あ、ごめん」

「ううん。気持ちいいよ。今度はおにちゃんね」


 ミライはコッヘルを取って水を汲む。


「僕は頭から掛けて」

「いくわよ」


 おお! 確かに冷たい。ほんでも気持ちええし、目が醒めたわ。


 その後、交代で水を掛け合う。ミライは水を掛けるたんびに、


「きゃっ!」


 と声を上げる。面白なって何度も掛けた。

 ミライの身体は水を玉の様に弾き、ほんで流れた水は砂に染み込んでいく。


 燥ぎながらお互いに何度も何度も水を掛け合い、何もかも忘れてただ水を掛ける事を楽しんだ。

 汗や汚れ、それから嫌な事も水に流し、身も心もすっきり出来たと思う。


 水を掛け過ぎて、少し冷えてきた頃に水浴びを終わりにした。


「しもた。タオルを持って来てへんかったわ」

「いいわよ。大丈夫」


 ミライは濡れた身体のまま僕に抱きついてくる。僕もミライの背中に手を回す。くっついた時はひやっとしたけど、直ぐに体温で暖かくなってくる。それに柔らかいミライの身体がめっちゃ気持ちええ。


「こうしてたらー……、その内乾くよ」

「ほんなら乾くまで……」


 僕が顔を近づけると、ミライは目を瞑る。ほんで身体が乾くまで、ずっと唇を重ね続けた。



 水浴びで爽快な気分になった後、ついつい長話をしてしもた。太陽がもう山の端に隠そうになってる。

 日本やったらヒグラシでも鳴く頃やろか? 砂漠ではただ岩を切る風の音と、そして遠くの爆発音が微かに聞こえるだけやけど。


「そろそろ晩飯を用意しよか」

「そうね。今度は私がやるわ。私にやらせて」

「ほんならお願いするわ。コンロは使える?」

「ええ、もう大丈夫。ケロシンストーブ(灯油コンロ)は使った事があるから」

「分かった。気を付けてな」

「うん」


 ミライは僕のリュックをあさり、必要なもんを出してせっせと準備をしてる。その姿が沈む夕陽にシルエットとして映えてるのを見ると、こんな砂漠の片隅でも何となく家庭的な感じがして幸せに思う。


「手伝おか?」

「ううん、一人で出来るわよ。大丈夫」


 手持ち無沙汰な僕はまた小屋の裏まで歩いて行き、また尾根に登る。西にある手前の山が視界を遮ってたんで、今度は少し上の稜線まで登ってみる。

 稜線に出ると意外に風はきつく、西の方角を見ると夕陽が眩しい。腰を降ろし手を額に翳して遠くを見つめる。


 もう爆発音は聞こえてこうへんかった。

 視線の遥か彼方に広がる地平線。人工物は見えへんけど、北西に見える山の向こうにはArbilアルビルの街がある様な気がする。南西の方にはKirkukキルクークの街があるんやろか。

 よう目を凝らすと沈む太陽の少し北側から黒い煙が上がってる。


 街か村が爆撃でもされたんやろか。もしかしたらあそこで戦闘があったんやろか?


 それを考えると、一人で放ったらかしにしてたミライの事が急に心配になってきてたんで、急いで尾根を下る。途中、谷底の草叢でウロウロしてるミライの姿が見えた。


 良かった。無事や。


 ホッとしながら尾根を下り薄暗くなった奥の岩の裏に回り込むと、ミライはコンロの前に座ってた。


「おにちゃん、もう出来たよ」

「そうか。おおきにな」


 僕がコンロの前に腰を下ろすと、ミライは火を消して出来たスープを小コッヘルによそってくれる。

 暗くてよう分からへんけど、コンソメと干した羊肉の出汁が効いててええ香りがする。

 いざスープを食べようとコッヘルの中身をよく見ると、何か緑色もんが混ざってる。


「これは?」

「野菜よ。向こうに生えてた草だけど、食べられるのよ」

「そっか」


 ミライはさっき、これを探してウロウロしてたんやな。


 僕はホークでその草を掬って口に運ぶ。ヌルっとした舌触りで、少し苦味があったけど食べられんことは無い。羊肉と一緒に食べると、質素やけど結構いける味や。元々田舎もんの僕にはぴったりかも。


「ミライ、美味しいわ」


 そう言うと嬉しそうに微笑むミライ。


「うふふー。良かった」


 ランタンをサルサンクの家に置いて来た事を少し後悔した。ここにランタンがあったらミライの可愛い表情がしっかりと見えるのに……。


 二人で食べ尽くした後、ミライは片付けをしてくれる。その間に僕はシュラフを出して寝床を準備する。砂漠での2回目の野宿。


 ミライの体調の事も考えて今日は早めに就寝しよ。


 狭いシュラフに二人で入り、まだ暖かったけど抱擁し合う。

 唇を重ね合わせると気持ちが高揚してくる。そやけど僕も疲れがあったんか、それとも気持ちが少し落ち着いてきたんかは分からんけど月が出てきた頃には、たぶん二人共寝てたと思う。



 つづく

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