257帖 路地裏の出来事

『今は昔、広く異国ことくにのことを知らぬ男、異国の地を旅す』



「ちょっと先に行っといて」


 とミライに言うて僕はムハマドとカレムが連れて行かれた路地に入る。そやけど姿は見えへんし奥の路地裏に行ってみると、泣いてるムハマドとカレムが壁際に立たされて取り囲まれてた。

 僕がそーっと近づいて行くと、カレムが僕を見つけて声を上げる。


「助けて! キタノ」


 カレムが叫ぶと、ヤンキー達は一斉に僕の方を見る。傍に行って脅かしたろかと思てたけど、見つかってしもたさかい僕はすっとその輪の中に入りムハマドとカレムを掴まえて、


「ほな、帰ろうか」


 と言うて歩き出す。するとヤンキーのリーダー格の20歳位のヤツが、


「こら! ちょっとまたんかい」


 みたいな事を言うて僕に迫ってくる。なんか文句を言われたけど、クルド語は分からんし、「分かりませーん」みたいな顔をしてまた歩いて行こうとする。すると今度は僕の肩を掴み引っ張ってくる。振り返るといきなり僕の左頬にパンチが飛んでくる。


 バシッ!


 あんまり痛くはなかったけど口の中が切れたみたいで、口中に鉄の味がしてくる。


「もうええやろ。ほな帰るで」


 と言うたけど、日本語やし通じてへんわな。相手は笑いながら今度は僕の胸ぐらを掴んで殴り掛かろうとしてたんで、直ぐ様両手で胸ぐらの手を掴み手首を軽くひねって相手の肘に僕の肘を乗せて体重を掛ける。所謂「関節技」ちゅうやつや。相手はバランスを崩し、前に倒れれる。隙かさず相手の腕を返し、関節を締め付けると地面に平伏して動けんようになる。


「痛い、痛い!」


 みたいな事を言うてる。


「これ以上やったら、もっと痛い目に合うで」


 と格好付けて言うたけど、残念ながら日本語やし相手に通じてへん。英語でなんて言うたらええねんやろうと関節を絞りながら凄く冷静に考えてたら向こうの方からミライの叫び声が聞こえる。


「おにちゃんっ!」


 心配して見に来たんかなと思てたら次の瞬間、僕の背中に激痛が走る。


「キャー!!」


 後ろから棒の様なもので叩かれた。

 その拍子に固めてた関節技か外れてしまう。


 痛てー……。後ろからやるとは卑怯な奴や。


 と思いながら、僕はミライに向かって、


「ミライ! ムスタファとオルムを呼んできて」


 と叫ぶ。するとミライは直ぐに走って行く。


「コラ! お前ら何してけるつかるねん。 ボッコボコにするぞ!」


 と凄みを利かせて睨み返す。ちょっとはビビった様やけどまだ人数的には3対6で向こうが有利やさかい余裕の表情をしとる。

 するとその中から一番でかい奴が何か吠えながら前に出てくる。ムハマドとカレムはもう涙こそ流してなかったけど、かなり怯えてる様や。


 そいつはボクシングのファイティングポーズみたいな構えをして睨んでくる。腕には自信がありそうやけど、1対1なら何とかなりそう。

 ほんならしゃーないなぁーと、僕も拳法の構えをして大きな声を出して気合を入れる。


 あれ! ビビってんの?


 相手は少し腰が引けてて、後ずさりをしてる。


 これやったらハッタリで何とか出来るかも。


 そうしてる内にムスタファとオルムがやって来る。これで5対6。しかもこっちは謎の東洋人がカンフーの使い手。一気に形勢逆転や。


「大丈夫か、キタノ」

「ムスタファ、オルム! 一の構えや」


 と言うと、ぎこちないけど朝教えた構えをして相手を睨んでくれる。二人の攻撃は当てにならんけど、これで大分威嚇になるやろ。

 そのうち相手の中には、


「やばいぞ。ずらかろうや」


 みたいな事をリーダーに言うて奴も出てきた。


 大分ビビっとるなぁ。


 そう思て僕はブルース・リーの様に軽やかにステップを踏み、


「うーわぁぁ、あちょー」


 と言いながら大きく一歩前にでる。すると相手はビビった顔をして、3歩下がる。


 よしよし。後もう少しや。


 なんとか相手が引いてくれたらええのにと思てたその時、


 ピー、ピー、ピーー!


 と笛の音がして誰かが走ってくる。するとヤンキー達は血相を変えて逃げ出す。

 振り向いてみると警官が2人、その後ろからミライが走ってくる。


 ああ、助かったわぁ。


 そう思てたら、


「キタノ! 大丈夫か?」


 と聞き覚えのある声。

 警官を見てびっくり。なんとその内の一人はDuhokドゥホックで世話になったアリー氏やった。


「ええっ! アリーさん」

「久しぶりだね。こんな所で何をしてるのだ?」

「いえね。ハディヤ氏のとこの二人がトラブルに巻き込まれてたから……」


 と言うと、ムハマドがこっちへ来てこの出来事を説明してくれた。

 そこへハディヤ氏や女の子達も集まってくる。


「おにちゃん。大丈夫?」


 とミライは僕を心配しに来てくれる。アリー氏はハディヤ氏を見つけると寄って行って親しげに話しだす。


 これでもう心配ないわ……。


「おにちゃん、怪我は?」

「ああ、大丈夫」

「背中は? 痛くない?」

「ああ、これぐらいやったら痛とないわ」

「良かった。心配したのよ」

「ありがとう。警察を呼んでくれたんはミライかぁ」

「ええ。表の通りを歩いてる警官がいたから……」


 ちょっと涙目になってるミライ。必死で助けを呼んでくれたんやろう。


「おおきにな。助かったわ」

「うん。でもおにちゃんも格好良かったよ。強かったね」

「あはは。たまたまや」


 ほんまに戦ってたら勝てたかどうか分からん。ミライのお陰で何とか助かったわ。

 その後、ハディヤ氏がアリー氏に話しをしてくれて、この事は穏便に済ますことになる。アリー氏は、僕の怪我を気遣ってくれて背中を擦ってくれるけど、その時になって漸く痛みを感じる。


「イテテテてー」


 と少し戯けて痛がってみると、それを見てみんな笑ろてくれてこの場はそれで収まった。


 アリー氏ともう一人の警官にお礼を言うて別れる。みんなで表通りに戻ってみると、何も知らんユスフとアフメットは、まだサッカーゲームに夢中やった。



 つづく

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