237帖 カレムと姉妹

『今は昔、広く異国ことくにのことを知らぬ男、異国の地を旅す』



 カレムは大量の水を飲んだ様で身体が沈んでいってる。それを捕まえて水から顔を出したけど、意識が無い、呼吸もしてへん。そのまま岸まで連れて行き、ムハマドとユスフに水から上げさせる。ゼフラが「カレムー、カレムー」と言うて泣いてる。直ぐに僕も水から出てカレムの様態を診る。


 まだ心臓は動いてる!


「カレム、カレム!」


 ほっぺたを叩くけど反応が無い。


「ムハマド、直ぐに救急車を呼んで来て」

「分かった」


 ムハマドは家の方に走って行く。

 僕は仰向けのカレムの口を開け、人工呼吸を施す。それでも意識も呼吸も戻らん。大量の水を飲んでやろし、今度は気道を確保し思い切って喉に指を突っ込んでみる。

 すると身体が反応し、口や鼻から大量の水を吐き出し、それと共に意識が戻った。ゲホゲホと咳き込みながら水を吐き出してる。


「カレム!」


 みんなで叫んだ。

 次の瞬間、カレムの目が開いた。


「やった。助かった!」


 カレムも何か言おうとしてるけど、咳が止まらへん。それでも、呼吸も取り戻して僕はホッとしてた。泣いてたゼフラも泣き止んで喜んでる。

 完全に呼吸を取り戻し、僕らの声かけにも応答出来る様になる。


「大丈夫か?」

「OK、ゴホッ!」

「ええよ、喋らんでええで。吐きたいもんは吐き」


 と言うてカレムの背中を擦った。

 もう1回大量の水を吐き出したカレムは身体を動かして横になる。ユスフの問いかけにも応じてるし、もう心配は無いやろ。


 ホッとしてるとこへムハマドが戻ってきた。ムハマドも息をしてるカレムの様子を見て安堵してる様やった。


「救急車は?」

「呼ぶと、来るのに1時間掛かるので父が病院につれて行くと言ってます」

「分かった。ありがとう。一応意識はあるみたいやけど、病院に連れて行った方がええかもね」

「じゃ、それを父に伝えて来ます」


 と再びムハマドは走って行った。


 僕はカレムを抱きかかえ家に運ぶ。家の前まで出てきたハディヤ氏はカレムを抱きかかえると涙を流して喜んでた。そこへ奥さんや娘さん達もやって来くる。


「意識もあるし、大丈夫だと思いますが、一応病院に行った方がいいと思います」

「ああ、今直ぐ連れて行くよ」


 ハディヤ氏はカレムを車に乗せると、奥さんと大きな娘さんを乗せて病院に向かった。


 あれ、見たこと無い女の子やったぞ! 一体何人の子どもが居るんやろう?

 

 そう思いながらも、カレムの無事を祈る。振り返ると更に見たこと無い女の子がもうひとり立ってる。これで12人目や。

 するとその子と目が会うてしまい、ニコッと微笑むと声を掛けてくる。


「カレムを助けて頂いてありがとうございます」

「ああ、いえいえ」

「私は、カレムの姉のメリエムです」


 黒髪ロングのめっちゃ美人さんです。


「ああ、そうなんや。でも無事で良かったね」

「ええ、本当にありがとうございました」

「それじゃみなんでお茶にしましょう」


 とラビアが言うと、


「うん、お腹空いた」


 とユスフが叫んでみんなで笑ろた。


 その後、みんなで食堂に行き女の子が入れてくれたチャイとカンパンみたいなクッキーを頂きながら、あの時のカレムの様子を話しあった。

 そんな話の中で盛り上がったんが僕の泳ぎが速いこと。カレムを助けに飛び込んで泳いだんがめっちゃ速かったらしいんで、ちょっとしたヒーローになってしもた。そして話題は飛び込みに失敗したムハマドの話に。まだ赤いお腹を見せてみんなの笑いを取ってた。

 その時もやったんけど、なぜかミライの視線が僕に向いてる様な気がしてた。


 おやつの時間もお開きになり、子ども達は勉強の時間に、お姉さま方は夕食の準備になる。


 僕は一旦部屋に戻ってベッドで横になる。そうしながらも、もしカレムの息が吹き返さへんかったら今頃どうなってたやろうと思うと、ゾッとした。

 そのうち疲れが出てきたんか僕はうっすらと眠ってしまう。


 ドアのノックの音で目が覚めて、ドアを開けるとそこには病院から帰ってきたハディヤ氏と元気になったカレムが立ってた。


「おお、キタノ。ありがとう。キタノが助けてくれたと聞いた。本当にありがとう」


 とハディヤ氏は僕を抱擁してきた。


「いえ。カレムも元気になってよかったですわ」

「ほら、カレム。お前からもお礼を言いなさい」

「キタノ。助けてくれてありがとうございました」

「もう大丈夫か?」

「はい、OKです」


 とカレムはニコッと笑ろてた。すると後ろの方からあの車に乗って行った女の子もやって来る。


「私からもお礼を言わせて下さい。カレムを助けてくれて本当にありがとうございました」

「ああ、彼女はカレムの姉なんだよ」

「そ、そうなんですか……」


 よく見ると超べっぴんで、長い黒髪が素敵な目が切れ長のめっちゃ綺麗な人やった。


「あれ、メリエムもお姉さんですよね?」

「はい、カレムの一番上の姉です。アズラといいます。宜しくお願いします」

「はいー、こちらこそ」


 メリエムも美人やけど、アズラは大人っぽくてもっと魅力的やねー。


 男子はわんぱくやけど、こんなに綺麗な女の子に囲まれて生活するのもなかなかええもんやなぁと、僕はたぶん鼻の下を長くしてたと思う。



 つづく

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