211帖 灼熱の砂漠を越えて
『今は昔、広く
僕の後ろには一人のおっさんが半分白目を剥いて立ってる。何してるんやろうと僕は自分のお尻を見ると、なんとこのおっちゃん、自分の
なんじゃこりゃぁぁぁあ!
気持ち悪るなって僕はおっちゃんの一物を手でバシッと払った。次の瞬間おっちゃっは正気に戻ったんか僕の睨みつける顔を見て驚き、
「わ、わぁぁー、あぁぁー」
と叫びながら別の車両に逃げて行く。その時のおっさんの表情が不気味で、またその行動が余りにも唐突過ぎて僕は追うこともせず、ただただ自分のお尻の安否の確認をしてた。まぁジャージの上からなんでなんの被害も無かったけど、めっちゃ気持ち悪い気分にさせられた。
何してけつかるねん……。
と呟きながら、中藪さんが座ってる通路の端っこに行って今あった事をつぶさに報告した。
「あははは、ヤラれましたね」
「そんなん、笑い事とちゃいますよ。めっちゃびっくりしたんやから」
「まぁ、パキスタンにはホモが多いって聞きますよ。宗教的に嫁さん以外の女の人に触れられないから、欲求不満が貯まってるんでしょう」
「そうなんですか」
「ええ。そやし自然とセクシーな男性に目が行くんでしょうね。そのジャージのズボンなんかお尻の線がくっきり出るから狙われたんとちゃいますか。ははは」
「まじかぁ。ジャージはやっぱり不味いなぁ。3日程着てて洗濯してへんけど、やっぱりシャルワール・カミーズに着替えますわ」
「その方が安全かも。へへへ……」
と言うてる割に中藪さんは笑いまくってた。仕方なく、リュックから未洗濯のシャルワール・カミーズを取り出し、列車の出入り口の扉付近へ行って着替えた。汗と砂と肉汁で少し汚れてて汚いけど、変質者に狙われるよりましや。
とんだ変質者騒動のお陰で折角の砂漠の旅のええ雰囲気が潰れてしもたけど、だんだん夜も更けてきて眠たなってきたんでそろそろ寝床の確保や。
日夏っちゃんはあの家族に床にシートを敷いて貰って姉妹と一緒に寝てる。中藪さんはさっきの通路の端っこで座ったまま眠りかけてた。僕も空いてるスペースを見つけてリュックを枕に床に寝そべった。また襲われへんかと言う恐怖もあったけど、着替えたし大丈夫やろうと自分自身を納得させて眠りについた。
8月10日の土曜日。
朝早く、日の出直後に砂漠の真ん中の駅に停まって目が覚める。辺りにはなんも無いのに駅だけある。駅と言うても申し訳程度のコンクリートのホームと駅名標があるだけで駅舎はない。それでも何組かの乗降客は居る。
どっから来て、はたまた何処へ帰るんやろう?
日夏っちゃんを見るとあの家族と一緒にナンの様なパンを食べてる。貰うだけでは申し訳ないやろし二人で食べようと思て買うた葡萄を2房、家族に提供した。その代りにとナンにジャムを塗った様なものを2切れ貰ろたんで、リュックの上に座って頂いた。甘くてメロンの様な味がした。
あと残ってるクラッカーの様なビスケットの様なもんを食べて水を飲み朝食とした。これで持ってきた水は全部なくなってしもた。
前方の車両に行けば、飲み物は売ってると中藪さんが言うてたけど、殆どが炭酸飲料らしい。炭酸以外で唯一のオレンジジュースを中藪さんは飲んだそうやけど、これも甘すぎて飲んだ後にまた喉が乾いたとか。
終点の
ところがそんな考えは甘かった。陽が登ってくると気温は急激に上昇し、あっと言う間に40度に達する。しかも吹いてくる風は熱風でしかも大量の砂を含んでた。
砂嵐や!
車内の人々は一斉に窓をしめ、荒れ狂う砂嵐が通り過ぎるのを待ってた。それがなかなか止まず、列車と一緒に砂嵐が動いてるんかと思う程長い時間続いた。そんなに砂自体が吹き荒れるというほど砂は多くないんでまだ視界はあるけど、その分太陽の直射日光が注いでくる。
締め切った車内では、ただ暑さに耐えるしかなかった。他の乗客も諦めてか殆どの人が寝てた。
暑さと喉の渇きと疲労に耐えながらも僕は床に座って俯いてた。時折窓の隙間から侵入してくる砂を払いながら、もちろん駅も無かったんで列車は停まることも無く、僕はそれから何時間も同じ姿勢で耐え続けた。
時々意識が遠のく感覚がする。眠気なんか気を失いかけてるんか分からんけど、激しい頭痛に贖う術も体力も無く、ただただ口を開けて俯いてる。呼吸をする事で精一杯や。開いた口から垂れる涎すら乾燥して無かった。
恐るべし砂漠気候。
それに対抗する方法は今の僕には無い。ただ耐えるのみ。
そんな状態が何時間続いたやろ? ふと気が付くと列車のスピードが遅くなってる。そしてブレーキのギギギィーという音と共に列車は止まった。
乗客が一斉に降りだす。
とうとう着いたんやぁー。
灼熱の砂漠を越えて、僕らがクヒ・タフターンに着いた瞬間やった。
つづく
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