181帖 シャー・ファイサル・マスジド
『今は昔、広く
僕らは疲れ切った身体と心に鞭を打ってホテル付近に戻ってくると、偶然ある店を発見した。
「多賀先輩! 『7-11』がありますで」
「おお、懐かしいな。こんなとこにもコンビニがあるんやな。流石、世界の『7-11』や」
「行ってみましょう」
「よし!」
新しい発見や。今まで誰にも「7-11」があるやなんて聞いたこと無い。僕らは道路を横断して店に入ってみる。確かに看板はオレンジと緑と赤の「7-11」なんやけど、中身はなんとファーストフード店やった。しかもメニューは中華料理。
「なんやこれ!」
「パキスタンの『7-11』は中華料理屋なんや。どうします?」
「まぁええがな。ついでに晩飯、食べて行こ」
僕らはカウンターの列に並ぶ。僕らの前に並んでたんはパキスタンの女の子の二人組。高校生ぐらいの女の子は、なんとジーパンにTシャツ姿。ドゥバッタも被ってない。
「ええんかなぁ。パキスタン人の女性がこんな格好してて」
「そうですよねー。この子ら、ムスリムとちゃうんかなぁ」
「そんな事ないやろ」
「やっぱり都会の女の子は違うなぁ」
外国人のしかも仏教徒の僕らが逆に心配してしもた。女の子二人は楽しそうに会話をしてる。子ども同士でこんな店に堂々と来てるし、きっとお金持ちの進歩的な家庭の子なんやと勝手に想像してた。身体にピッタリとした服装から想像できるプロポーションは涎がでるほどグラマーやし、顔の彫りは深く目は綺麗でめっちゃ可愛かったんで声を掛けてみたけど、完全に無視されてしもた。
気を取り直して、僕らはカウンターでチャーハンを頼む。10ルピーとちょっと割高やったけど、久々に辛くない料理を食べられそうで嬉しかった。
出来上がると空いてる席に座り貪る様に食べると、これがめっちゃ美味い。日本の焼き飯に味は似てる。
テーブルには、香辛料と一緒にピクルスみたいなもんがサービスで置いてあった。
「おお。これも食べてみよ」
とチャーハンの上に載せて一緒に食べてみると……。
次の瞬間、僕の口には得体の知れない激痛が走った。
「わーー! これピクルスと違う!!」
なんやろ。めっちゃ辛い!
ハラペーニョの酢漬けみたいないなもんで、余りにもの辛さで口の中が麻痺してしもた。水を飲んでも辛さは取れず、折角のチャーハンが台無しや。結局、今日も辛いもんを食べる羽目になってしもた。
余りの辛さに疲れを忘れてたけど、その晩はヒーヒー言いながら寝た。
7月13日の土曜日。
取り敢えず月曜日まで身動き出来へんので、多賀先輩にラワールピンディの散策にでも行かへんかと誘われたけど、昨日の疲れもあったんか身体がめっちゃ重たかったさかい僕はホテルで大人しくしとく事にした。
多賀先輩が出てった後も僕はベッドでボーッとしてた。
そろそろ美穂に手紙を書かんと怒られそうやし、何を書こか考えてたらいつの間にか寝てしもてた。
結局、夕方に多賀先輩が帰って来るまで僕は寝てた。お陰で身体も頭もスッキリ。そやけど手紙の内容は考える事はできんかったわ。
それではホンマに愛想つかてしまうわと思い、取り敢えず電話だけでもしとことホテルの受付に電話局の場所を聞きに行った。ほんなら「ここからでも国際電話が掛けられるよ」と言うてたんで、おっちゃんの指示通りに日本の美穂の家に電話を掛けてみた。
暫く待ってると日本に通じる。ただ、電話に出たんは美穂のお母さんやって、美穂は外出中で家に居らへんらしい。そやし「元気にしてますと伝えて下さい」とお願いすると、逆に今居る場所とホテルの名前を聞かれた。それだけで通話を終えたさかい電話料金は28ルピーで済んだ。
その後は、涼しくなってから夜のラワールピンディの街へ多賀先輩と繰り出した。また「7-11」へ晩飯を食べ、その後暫くぶらついた。今日はあの激辛の漬物を食べんかったんで、大いに満足できた。
7月14日の日曜日の朝。
今日は、一昨日に出来へんかったイスラマバードの散策に行くことにした。駅前のGTSのバス停から例の赤いバスに乗る。途中、女性の乗客が乗り込んできたんで僕はすっと立ち、席を譲る。女性は当たり前の様に平然と座ったけど、それを見てたおっちゃんが、
「グッー! あなたはナイスガイだ」
と褒めてくれた。ちょっと得意になってしもたけど、イスラマバードまで1時間立ちっぱなしは結構疲れた。
このバスは、一昨日のバスと違ごて全然知らんとこが終点やった。企業や官公庁のあるオフィス街と違ごて、どちらかと言うと居住区みたいな感じの所に着く。
暫く右往左往して、現在地を確認しよと思たけど全く分からん。
今日は、イスラマバードにある世界最大級のモスク「
そこへ洋服姿のおっちゃんが近寄って来て声を掛けてくれた。
「どうしたのですか」
「シャー・ファイサル・マスジドに行こうと思ってるんですけど、迷ってしまいました」
「おお、それは大変だ。よし、私が連れて行って上げるよ」
「ありがとうございます」
「ここから近いんですか」
「ああ……、近くに私の家があるから、そこから行こう」
と住宅街の中を右へ左へ曲がって、とある大きな家の前に出た。
「ここが私の家だ。少し待っててくれ」
そのおっちゃんの家は、オープンな感じのアメリカンスタイルの白い家やった。おっちゃんは結構金持ってそう。
車庫から車が出てくると、おっちゃんは後ろに乗れと言うてきた。
「失礼します」
「すいません、お休みの所」
「いいんだ、丁度散歩が終わったところだから」
人通りの少ない道を走りながら、おっちゃんは幾つか質問してきた。勿論、いつも聞かれる事と同じやし、いつもと同じ様に答える。
このおっちゃんは、一度出張で日本へ来たことがあると言うてる。その時、日本人に大変世話になったそうで、そやからパキスタンで日本人に会えて嬉しいと言うてくれた。なかなかええ感じの人や。
おっちゃんの運転を見てて分かったんは、僕らは思ってたんよりもかなり西の方を歩いてた。そりゃ北に行ってもモスクはないわな。
車は一旦東へ向かい、大通りに出ると北へ進む。すると正面に大きなモスクが見えてきた。
「あなたたちはムスリムでは無いので中には入れません。ここから見るといい」
と、モスクの直ぐ傍の駐車場で停めてくれた。なんと帰りもバス停まで送ってくれると言う。
僕らは車から降りて写真を撮る。
四方にあるミーナールと呼ばれる塔が青い空に向かって突き刺さってる。おっちゃんによると、この塔の高さは90メートルもあるらしい。礼拝堂は丸いドーム型では無く、大きな二等辺三角形を組み合わせた白い建物で近代的やけど荘厳な雰囲気が漂ってる。なんでも、1966年にサウジアラビアの国王の寄贈によって建てられたと、おっちゃんは誇らしげに話してくれた。
荒涼な大地に白く輝くのこの宗教建築物を僕らは暫く見上げてた。後ろの山々が借景になっててそれは見事やった。
駐車場脇の屋台のお土産屋で僕はこのモスクの絵葉書を買うて、おっちゃんの車に戻った。
「他に行きたい所はありますか?」
「ええ、もし良ければ
「ああ、いいとも。ついでに
と、大統領府経由で日本大使館に行ってくれた。
なんで日本大使館に行きたかったかと言うと、大使館に入った所に郵便が入った箱があって、旅行者に向けて大使館宛に手紙を送るとそこに入れられてると山中くんに聞いてたからや。もしかしたら美穂からの手紙が来てるかも知れんと期待して行ってみたけど、残念ながら大使館は閉まってる。それを見て今日は日曜日やったと思い出す。アホやった。
また明日以降に来てみることにした。
その後おじさんに「ラワールピンディ駅前」へ行くバスの停留所まで連れてて貰ろた。そこで車を降り、丁寧にお礼の言葉を言う。日本にまた来たら連絡してくれと、お互いの住所の交換をしてお別れした。
おおきに、おっちゃん!
おっちゃんの車が見えんようになって思い出したけど、おっちゃんは何の仕事をしてるんか聞こう聞こうと思てて、結局聞けずじまいやった。
つづく
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