152帖 ホテル「カイバルイン」
『今は昔、広く
1時間ほど走ると行く手に大きな川が見えてきた。
「インダス川や!」
思わず叫んでしもた。広い所は向こう岸が見えへん。橋が掛かってる一番狭い所でも500メートルはありそうやった。
流れる水は上流の灰色とは違い、黄褐色の濁流が所狭しとうねりを上げてた。上流でかっさらってきた巨木も、小枝の様に流されてる。長い間、文明を育んできた変わることのないこの流れを、バスは2分程で通り過ぎた。
そこからはまた灼熱の大地とにらめっこ。2時間掛けて巨大なオアシスの街・ペシャワールに着いたんは夕方前の4時やった。
街のど真ん中のバスターミナルに着いた僕らは、北西に向かって歩きだす。目指すは
鉄道を越えると、大きな通りに出る。その辺を歩いてたパキスタン人に、
「サダルロードはどこですか?」
と訪ねた。
「こここサダルロードだが、2つ先の通りもサダルロードだ」
訳の分からん答えが返ってきて、僕らは呆れ返ってた。
「どういう事? サダルロードは2つあるってこと」
「そのホテルって、サダルロード沿いにあるんやろ」
「はい」
「ほんなら両方探すしかないわな」
「ですよねー。ほんなら遠いとこから探しますか?」
「ホテルに行きたいのか?」
「そうです。カイバルインって言うホテルです」
「それなら、向こうのサダルロードまで行って、右に曲がるといい」
そのパキスタン人のおっちゃんは丁寧に教えてくれた。
「分かりました。おおきにです」
「良い旅を」
そこから細い通りに入っていく。1本目の通りはバザールになってた。角の店には瑞々しい美味しそうな果物が沢山陳列されてる。店の入口にはジューサーミキサーが置いてある。喉がカラッカラやった僕は、物欲しそうにそれを見つめてたんやろう、店のおっちゃんに声を掛けられた。
「マンゴージュース、飲まないか?」
「なんぼですか」
「4ルピーだ」
僕は思わず、
「1杯下さい」
と言うてしもた。多賀先輩も注文する。
おっちゃんは手際よく完熟マンゴーの皮を向き、細かく切ってミキサーに入れる。氷とミルクを投入し電源を入れた。轟音と共にミキシングされたマンゴージュースを、少し曇ったガラスのコップに入れて渡してくれた。
氷がちょっと心配やったけど、喉の渇きに耐えられんと一気に飲み干した。完熟マンゴーの香りと甘みが効いてる。しかもドロッとして喉越しは快感で、細かく刻まれた氷が冷たく病みつきになりそうや。6ルピーのパックのマンゴージュースより美味しい。
これで元気を取り戻した僕らは、ホテルを探す為にまた街を歩き出した。
当たり前やけど、街は沢山のパキスタン人で溢れてる。特にこの辺はバザールがある関係で人通りが多い。そやけどその殆どが男性で、店で働いてる人も男性、客も男性やった。
2本目の通りに出て右に曲がる。少し人通りは減ったけど、前から子ども連れの女性が歩いてきた。男性と違ごてカラフルな色のシャルワール・カミーズを着て、ドゥバッタを深々と被ってる。そのドゥバッタの隙間から見えた目は、めっちゃ美しくそして鋭かった。写真を撮ることはできんから、しっかりと自分の目に焼き付けた。
通りを進めどホテルは見当たらんかった。辺りは住宅街になってる。
「もしかして逆と違います?」
「あのおっさん、嘘つきよったなぁ」
「右と左を逆に言うたんとちゃいますか」
「そうかもな。ほんなら戻ってみるか」
「はい」
段々RPG見たいになってきて面白かったけど、リュックの重量で足取りは重かった。肩も痛なってきたし、汗はすべて流れ出てもう既に乾燥してる。
折り返してみると向かい風やって、モワッとした風がホンマに辛く感じた。
バザールからの交差点を過ぎ、幾つかのホテルの前を歩いていくと、白い古ぼけた建物に大きく赤い字で「KHYBER INN」と書かれてた。
「多賀先輩、有りましたで」
「おお、やっと着いたか」
バスを降りて1時間も過ぎてた。ホテルに入ろうとガラスの扉を見て驚くと共に少し残念な気持ちになる。ガラスには赤い塗料で「ようこそカイバルインへ」と日本語で書いてあった。折角苦労して見つけた果てに、こんな風に日本語で書かれてるとちょっと興ざめしてしまう。
中に入ると大きな机の前に、おっちゃんが居った。
「部屋は空いてますか?」
「……」
日本語は通じひんみたいや。改めて英語で聞いた。
「部屋は空いてますか?」
「あるよ。いくらの部屋がいい?」
「一番安い部屋で」
「1泊20ルピーだ。付いて来い」
そう言われて僕らは3階のドミトリーへ連れて行かれた。
20畳位の六角形の部屋にベッドが6つあり、2人の日本人らしき旅行者が寝てた。高い天井には大きな扇風機が付いてる。一応トイレとシャワー室もあるけど、窓はない。よく見ると、どうもこの部屋は共用スペースにベッドを置いただけみたで、4つの壁にはそれぞれドアがついてて、その奥にはツインルームがあるみたい。欧米人バックパッカーが上半身裸で寝てた。
「ここでいいか?」
「いいです」
「そしたら、後で受付に来い」
僕らは荷物を置いて先客に挨拶をした。
「こんにちは」
「こんちはー」
「お疲れっす」
「ああ、どうも」
挨拶の後は自己紹介。山中くんと南郷くんは同じ大学の先輩後輩で、やっぱり大学を休学して旅をしてる。ネパールからパキスタンへ飛行機でやって来て、これからイランを通ってトルコへ行くらしい。
「イランへ行かはるんやったら、ガイドのコピーとか持ってますか?」
「ああ、あれでしょ。ノートのコピーってヤツですよね。持ってますよ」
テーブルの上に置いてあったコピーを見せてくれた。それには見たことないイランの地名と地図やホテルの情報が書き込まれてる。交通手段や運賃まで事細かに記されてた。
「これ、僕もコピーさせて貰ろてもいいすか」
「どうぞ。ホテルを出て右に100メートル位行った所でコピーできますよ」
「おおきにです。あとで行ってきますんでそれまで貸しといて下さい」
「まだ1週間ぐらいここに居ますから、気にしないで下さい」
その後、僕らは4人で一緒に晩飯を食べに行くことに。2人の案内で近くのレストランに入った。ホテルの飯は美味いけど高いから、外のレストランの方が安くつくらしい。
もちろん晩飯はカレー。山中くんは右手だけで上手にライスとカレーを混ぜで食べてた。大分旅慣れた感じも漂ってる。それに服装はパキスタンの民族衣装シャルワール・カミーズを着てる。パキスタン人になりきってるんやろうか。
「パキスタンって何回か来たことあるんですか」
「そうですね、今回で2回目です」
「それで、その服を着てるんですね」
「ああ、前回の旅の時に買ったんです。これいいですよ、涼しくて。汗をかいてもベトベトしないからね」
「へーそうなんや。やっぱこの土地の気候に合うてるんですね」
「そうなんだけど、ちょっとトイレの時は邪魔ですが。慣れればどうってことないですけどね」
確かに、ワイシャツの前と後ろが異常に長い形をしてるので、いろいろと不便やろなと想像できた。
レストランでは辛いチキンカレーを食べ、汗がダラダラ出てたけど、クーラーのおかげでなんとか耐えられた。そやけど、帰ろうとして外へででるとめっちゃ暑く、既に日は暮れて夜の帳も降りてるのに異常な暑さやった。僕の温度計は30度。日本で感じる30度よりはマシやけど、それでも歩くだけで汗が吹き出してきた。
ホテルに帰ってからも旅の情報交換に夢中になった。山中くんの経験豊富な話はおもろいけど、それ以上に話し方が上手く、僕らは笑い転げながら聞かせて貰ろた。
そやけど途中から体調がおかしくなったんか「今日は寝ますね」と言うて早々にシュラフに潜ってしもた。その後も南郷くんとは小声でいろいろ話続け、涼しくなってきた頃に僕らも寝た。
その夜、「ちょっと疲れが出ただけで、大丈夫ですよ」と言うてた山中くんは、何度もトイレに行くほど体調を壊してしもてた。
つづく
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