130帖 僕は敬虔なBuddhist

『今は昔、広く異国ことくにのことを知らぬ男、異国の地を旅す』



 レストランで映画鑑賞兼昼食を終えた僕らは商店街をブラついた後、特に何もせずにホテルへ戻った。


 ホテルのロビーでは色の黒い3人のパキスタン人がテーブルのとこでチャイを飲んでくつろいでる。今日、ここに泊まるお客かな。


「アッサームアライクン」

「アッサームアライクン!」


 大分、パキスタンの挨拶にも慣れてきた。そう思てたら僕らは呼び止められ、椅子に座わらされた。


「お前らはどこから来たんだ?」

「僕らは日本から来たんや」

「おお、ヤパンね。よく来たね。歓迎するよ」


 僕らは握手をされ、しかもチャイまで奢ってくれた。その代りに僕らは質問攻めに遭うた。


「日本では何の仕事をしてるだ?」

「俺は機械製作の仕事をやってたんや」


 と多賀先輩は知ってる英語を駆使して仕事内容を説明してた。営業でもするみたいな勢いや。


「そうか。それは素晴らしい!」

「じゃ、お前の仕事はなんだ?」

「僕は大学を卒業したばかりです。バイトで数学と物理の講師をしてたことはあります」

「おお、先生か。それは大したもんだ」

「おおきにです」


 次は何の質問やぁ。何でも答えるでー。


「それなら、お前たちのreligionレリジョンはなんだ?」

「ふん? 北野、レリジョンってなんや」

「えっと、なんやったかな。『関係』はrelationレリーションやし……。レリジョン、レリジョン。何やったかな……。『religion』ってなんですか?」

「OK。私たちはムスリムだ。だから、お前たちのreligionは何だと聞いている」

「ああ、レリジョンね。つまり宗教はなんやと聞いてるんですわ。OK、僕は『buddhist仏教徒』や」


 僕は幼い頃より日曜日は近所のお寺に参って読経したり、子ども向けの説法を聞いたり、4月8日に「花祭り」をしてお釈迦様の誕生を祝ってたりしてたんで迷いもなくはっきりと答えた。


「そうか、お前は仏教徒か。ではお前の宗教は何だ?」


 多賀先輩に視線が集まる。多賀先輩も仏教徒のはずやけど、まだ言い出せずに悩んでる。日本では自己紹介であんまり宗教については言及せえへんし、戸惑ってるんかな?


 あれ! なんか指折り数えてるで。


「俺は、たくさんの神を信じてる。日本には八百万エイトミリオンの神がいるんや。それを信じてるんや」


 なんと! 『エイトミリオンの神』って、『八百万やおよろずの神々』って言いたいんか……。僕は思わず笑ろてしもたけど、多賀先輩は真剣や。


「八百万も神がいるのか」

「そうや」


 それってムスリムに通じるか?


「そんなことは無い。神は一つだ」

「いやいや、日本にはたくさんの神が居んねん。例えば、その辺に落ちてる石ころにも、神が宿ってるんや」


 まぁ確かに、そういう風に考えるわな。


「そんなことは無い。石はただの石だ」

「いやいや、日本には小さな虫けらにもちゃんと神が宿ってると考えてるんや。3センチの虫にも5分ファイブミニッツの……。おい北野! 『魂』って英語でなんて言うんや?」


 ええー! それってもしかして……、意味が違うんとちゃいますか。


「多賀先輩、それは『一寸の虫にも五分の魂』って言いたいんですか」

「そうや」


 僕は腹抱えて笑ろてしもた。すんません、多賀先輩!


「そんなん『韓国の首都』でええんちゃいます」

「えっ。あっ、ソウルか」

「そやけど、そもそもの引用がちょっと変ですわ。それより仏教徒って言うといたらええんちゃいますのん」

「いや、俺はどちらかと言うと神道しんとう派やねん」


 もう勝手にやってください。


「とにかく、日本にはたくさんの神が居ってやね、山にも神が住んでて・・・」

「いや。神は唯一無二の存在だ!」


 多賀先輩はしんどそうやったけど、一神教のイスラム教徒3人を相手にして論争を繰り広げてる。僕は半ば呆れ返り、黙って4人の話を傍観することにした。


 普段、日本人は日常会話の中で宗教なんか話さへんやろし、考えたことも無いやろ。でも、このパキスタン人のムスリムはイスラムの教えに従って生活してるんやし、宗教に対する関心度や密接度では到底敵うもんではなかった。

 多賀先輩の英語力の差もあって、だんだんやり込められていくんが見ててよう分かった。僕はクスクス笑ろてたけど、多賀先輩は必死や。


 宗教の違いは考え方の違いやし、だんだん喧嘩みたいになってきてる。多賀先輩は意地になってきてるけど、それに対してムスリムは余裕の姿勢。宗教が生活に溶け込んでるんやから、勝敗は明々白々や。

 僕はなんの根拠も無いけど、こんなことが国家間で起きると「戦争」になるんやないかと漠然と思い描いてた。


 妥協点も一致点もないまま、論争は続いた。まぁ当然と言えば当然かぁ。

 僕はどんな風に話が落ちるんか楽しみやったけど不毛の言い争いが続くだけで、なんとなく空気が悪なってきてる。


「イスラム教はいいぞ。神は一つだけだから面倒臭くないぞ」


 おっちゃんらは余裕の攻勢や。


「そうだ。お前たちもムスリムにならないか」

「それはいい。どうだ、イスラム教に改宗する気は無いか?」


 とうとう3人はイスラム教を勧めてきた。

 それにも屈せずに多賀先輩は、


「いや、神道はもっと素晴らしいで。おっちゃんらも神道に改宗したらどうや」


 と対抗してる。そやけどその表情からは多賀先輩の手は出尽くしたみたい。


「それは無理だ。そもそもムスリムは改宗できないんだ」

「それは残念やったな」


 と言い放つと、多賀先輩は立って部屋に向かって歩き出してしもた。


「ごちそうさんでした」


 とチャイのお礼を言うて多賀先輩を追う。歩きながら多賀先輩はブツブツ言うてた。


「なんかムカついてきたわ」

「まぁ議論すること自体、無理がありますよね」

「なんかパキスタン人が嫌いになりそう」


 それって全ムスリムを敵に回す事になりますけど……。


「そうですか。そやけど仏教徒って言うといたらサラっと流れた話かも知れませんで」

「もうええ、俺は寝る」


 いつになく険しい表情をしてた。まぁ僕は敬虔な仏教徒。お釈迦様と親鸞上人の教えの下に生きてるから気楽なもんやけどね。

 多賀先輩は自分の信念を貫く性格やし、どうしても曲げられへんかったんやろな。そのせいか、多少顔色も悪なってきた様な気がする。


 部屋に入ると多賀先輩はシュラフに潜り、口を閉ざしてしもた。

 暫く寝たら元気になるやろと思い、僕はまたテラスに出て一人で山を眺めた。


 あの話し合いの1時間は何やったんやろう。そう思うと、タメ息となんでか笑いが込み上げてきた。



 つづく

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