82帖 西の果ての喀什噶爾
『今は昔、広く
バスはまた猛スピードで走りだす。社長によると、どうしても18時、つまり
中国にはスピード違反とか無いんやろかと思うくらいスピードを出してる。どんどん他車を追い抜き、あっという間に次のオアシス都市
ここは
それと、ここでは
特に多賀先輩は、いつもと違ごて真面目な顔で話ししてる。もう二度と会われへんかも知れんしな。滅多に見せへんけど、今にも泣きそうな悲しい顔をしてた。そんなに林さんと仲良うなってたやなんて知らんかったわ。
林さんはバスを離れ街の中へ消えて行く。
すると多賀先輩は急にリュックを持ち、
「北野。短い間やったけど、おおきにな」
と言うてくる。
「へ! どないしたんですか?」
「俺、ここで降りるわ」
「降りる?」
「俺は
咄嗟の事で、頭の中を整理出来んかった。取り敢えず引き止めた方がええやろと直感する。
多賀先輩、行かんとって!
「えっ、それでええんですか!」
「おう、もう少し雪梅と一緒に過ごしたいしな」
どうしたんやろ。あんなに次へ進みたい、早ようギリシャに行きたいと言うてたのに……。林さんと何があったんやろか。
僕は多賀先輩と一緒に旅をしてるけど、それぞれの行動や考えを尊重する意味で、お互いに干渉せん様にしてる部分もある。そやから林さんとの係わりは詳しく聞いてへんかったし、もし聞いてたらもっと適切な事を進言をできたかも知れん。
そのうちバスは出発すると思て、とにかく時間を稼ごうと思た。そやけど僕には適当な事しか思いつかへん。
「そんな事したら10人目の彼女が出来てしまいますよ」
とは言うものの、めっちゃ不安や。
「ええやろー。羨ましいかぁ?」
と言うて多賀先輩はニヤっとしてる。
あれ?
と思てたら、
「冗談に決まっとるやないか」
と言うてリュックを下ろした。するとドアが締まり、バスは動き出す。
僕はなんかホッとする。
なんや冗談かぁ。かなり本気やったみたいやったし、もし止めへんかったら行ってたんとちゃうやろか?
ここから一人になるやなんて考えられへんかった。普段は何もせんし、あんまり役に立たんけど不安やった。あんな多賀先輩でも、頼りにしてるって事かも知れん。
バスは街を出て砂漠を走る。
安心したら心に余裕が出てきて、多賀先輩を引き止めてしもた事が申し訳ないと思う様になってくる。
「多賀先輩」
「うん?」
「ほんまは行きたかったとちゃいます?」
「どうやろー」
「そんなに良かったんですか?」
「おうー、ええ子やったわー。めっちゃ可愛いし、優しいし……。それにノリが良かったわ」
「そうですかぁ。そしたら、カシュガルに着いてからまた会いに行ったらええですやん。1時間ぐらいで来れるみたいですよ」
「そうかー」
「そうしたらええですわ」
多賀先輩を無理やり慰めてる僕は、自分勝手な様な気がしてきた。
「そうしよかなー」
「カシュガルでも今度の日曜日に大きなバザールがあるって古沢さんも言うてたし、それまで居ましょうや」
「そやな。ほなそうしよか」
よっしゃー。これで多賀先輩も林さんに会えるし、僕は日曜日までカシュガルを堪能できる。ちょっとずるいやり方かなと思てしもたけど、お互いにメリットあるしええやろ。
バスが峠を越えると、前方にめっちゃ大きなオアシスが見えてくる。しかも建物も結構あって、ちょっとした都会みたいや。
砂漠の中に突如として現れた都会。なんか幻でも見せられた様な不思議な気持ちで僕はその景色を眺めてた。
坂を下り終えると直ぐにオアシスへ入る。中国の西の果て、
さっきの砂漠の道と違ごて、バスはゆっくりと街の中を走る。
いろいろな店や工房らしき建物があり、広場には露店などがたくさん出てて、平日の昼間やのに結構な数のウイグルのおっちゃん達で賑わってる。
砂漠の最果てにこんな街があるだけで不思議やったし、僕はワクワクしてきた。
バスターミナルには予定より早く到着する。バスを降り、見習い運転手のおっちゃんや社長にお礼を言うてたら、さっそくロバ車タクシーの客引きに引っ張られる。俺のロバ車に乗れと、しつこいウイグルのおっちゃんが居った。
「あなた、日本人ね。私のロバ車、乗る」
ここでもまた日本語で話し掛けられる。こんなとこまで大勢の日本人が観光に来てるんやと、少し興醒めしたわ。
僕は、パキスタン行きのバスが出る「
そやし、そのおっちゃんに、
「其尼巴までなんぼや?」
と聞く。
「10元ね」
こいつめっちゃふっかけとる! トルファンでの経験を活かせそう。
「高いは、2元や」
「だめです。8元です」
「まだ高いわ」
「安いですよ」
と、ちょっと喧嘩腰で値段交渉してたら、バスの社長がやって来て間に入ってくれた。その結果、4元でどうやという事になる。
多賀先輩に相談すると、
「ええんちゃう」
と言うんで4元で乗る事にする。それでもロバ車のおっちゃんは、「儲かった」みたいな顔をしてる。ほんまはもっと安いんやろうと思う。
ほんでパリーサや。
「ホテルはどうするんや?」
「勿論、一緒よ」
そりゃそうやわな。
そやし3人で荷台に乗る。するとロバ車は直ぐに動き出す。
「シィェンタイ、いくらだったの」
「4元や。高いか?」
「そうね。高いわね」
パリーサは、おっちゃんにウイグル語で話し掛ける。それも結構きつい口調で。
「4元も払うから、少し街の観光もしてくれるって」
「そうなん、やるやんパリーサ。おおきにな」
パリーサはちょっと得意げやった。まぁ、おかげで街も見て回れるわ。
ロバ車は街の中をあっちゃこっちゃと走り回る。と言うても遅いけど。
このおっちゃんは相当な女好きみたいで、可愛い子が居ると声を掛け、「ピーピー」を口笛を鳴らしては笑ろてる。そのたんびにパリーサも笑ろてた。
街の中心の広場に着く。その割にはあんまり人は居らん。
おっちゃんは、
「マオドン、ぷーっ。マオドン、ぷーっ」
と言うて唾を吐いてるし、何してるんやと聞く。
「マオドン、知ってるか」
「マオドンってなんや?」
「マオドンはマオドンだ。あれだ」
おっちゃんは、広場の中心に立ってる巨大な銅像を見た。それは遠くを指差す姿の毛氏の銅像やった。
「マオドン、きらい。マオドン、敵ね。ウイグルの土地、ドロボウね」
と、また唾を吐きまくってた。
そう言えば、ウイグルは漢族の中国に吸収合併された様なもんやからな。相当辛い思いをしたんやろか、めっちゃ恐い顔で唾を吐いてた。
そやけど僕の方を振り向いた時は笑顔を作り、
「日本人、ウイグル、ともだち。あははは」
と一人で笑ろてる。やっぱりここでも日本の認識は同じみたいや。
どんどんロバ車を走らせるのはええねんけど、段々と人通りが少ないとこにやって来る。カシュガルの地図は頭に入ってへんけど、なんとなく違う方向に来てる様な気がしてた。
そろそろホテルに入りたくなってきたし、
「おっちゃん、そろそろ其尼巴に行ってや」
と言うと、おっちゃんはロバ車を人気の無いとこに止め、
「
と人が変わったみたいに脅してきた。
つづく
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