2帖 上海昼飯騒動

『今は昔、広く異国ことくにのことを知らぬ男、異国の地を旅す』



 チャンさんと言う怪しい中国人に、昼飯時やのに誰も居らん小汚い店に連れ込まれて座らされてる。

 怪しいのは承知の上で、僕らは何を食べるか考える事に。


 いや、怪しいと思てるのは僕だけかな?


 菜単サイダン(メニュー)を渡されたけど、三人とも中国語が読めへん。日本の『中華王将』でも見た事ない漢字が並んでる。

 一つ一つ陳さんに説明して貰ろたけど、逆に陳さんが日本語でうまく表現できへんさかい4人とも困ってしもた。


 しょうがないんで陳さんに適当に注文して貰う事にする。

 何が出てくるか楽しみやったけど、僕は船酔いがまだ残ってたんであまり食欲はない。

 陳さんは注文しに奥の厨房へ入って行った。


 その瞬間、日本人の3人だけになる。僕はあの陳さんの事が気になってしょうがない。


「多賀先輩、やっぱ怪しないっすか。あの陳さん」

「なんでや、ええ人っぽいで。日本の事いろいろ勉強しとるわ」

「そやかてここの料理、値段も分からへんのにぼったくられたらどうしますねん」

「大丈夫やて、心配すんなぁ」

「そうかなぁ? もし上海マフィアやったらどないしますねん」

「んな訳ないがなぁ。大丈夫やて、なぁ美穂ちゃん」

「うん、何食べられるんやろう。楽しみ」


 幸せなくらい呑気のんきやなぁ、美穂は。


「ぼったくられたら、多賀先輩のおごりでっせ」

「あほぬかせ。まぁ心配すんなって」


 その自信はどっから来るんですかっ! それに陳さん、奥に行ったまま戻ってけえへんし、他に客は居らんし……、監禁されたらどないすんねん。


 心配性の僕はいろいろ考える。拉致されたらどないしょうとか、少林寺拳法は習ろてたけど、本場の中国人に勝てるんやろか。多賀先輩はどうでもええけど、美穂は守らなあかん。ほんならどうやって守ったらええんや、とか。


 そんなことを考えとったら、陳さんが奥から料理を運んでくる。


 ほら見たか! 陳さんはこの店とグルやで。料理を運んでるんが証拠やで。


 そやけど、今それを多賀先輩に日本語で話しかけたら陳さんにばれる。


 どうしよう?

 まぁ、しばらく成り行きを見守ろかぁ。

 取り敢えずうまそうなもんは食っとこ。


 料理の名前はわからんけど、野菜炒めに白っぽいスープ、油ぎたぎたの肉炒めに春巻きのような料理が出てくる。あっ、春巻きそのものですわ。

 更に、30センチほどの鯉みたいな魚の炒め物がでっかい皿に乗って出てくる。これって高いんちゃうの、と心配。


「わー、すごーい。おいしそう」

「よっしゃ、食べるでー。これが本場の中華料理やぁ」

「何から食べよかなー」


 多賀先輩と美穂は、料理を小皿に取り分けて嬉しそうに食べ始める。陳さんも食べる。三人で日本の事や中国との違いなどを楽しそうに話しながら食べてる。


 そやけど僕はあまりしゃべられんかった。ちょっとずつ食べ始めたけど、やっぱり心配であまり喉を通らん。それに奥から人に覗かれてる様な感じもしてたし。


 暫くしばらくして料理を食べ終わりそうになった時、僕は厨房の奥から男がこっちを見ているのに気が付く。

 その顔は、日本人が珍しくて見てるという雰囲気ではなく、なんか値踏ねぶみでもされてる様な感じやった。


 早く店を出たい。


「多賀先輩、そろそろ店を出ましょうや」

「そやな、お腹もいっぱいになったしな。俺は、もうこれ以上食べられへんわ。美穂ちゃん、もうええかぁ。いっぱい食べたか?」

「うん、おいしかったわー。こんなん食べたん初めてやわ」

「僕は、すい餃子が食べたかったけど……」


 そやないがな。この料理、なんぼするかが問題やで。


「陳さん。この料理はなんぼなん」

「えー、全部で1万円です」


 ほら来たでー! ぼったくりやー。こいつは店とグルやったんや。


「なんでこれが1万円やねん?」


 ちょっと語気が荒くなってしもた。


「日本やったら5千円くらいやで」


 食べたことないから、もちろん適当。勢いで言う。


「そんなことないです。他のお店で食べたらわかります。上海は物価が高いです。でも地方へ行ったら安いです」

「嘘やろ! ぼったくっとるんとちゃうか」

「いえいえ、ぼったくってはいません。これでも上海では安い方です」


 おいおい、「ぼったくる」って日本語が通じとるがな。いつも日本人見つけては、一緒に食べよって誘ってぼったくってんとちゃうかぁ。


 多賀先輩も流石さすがに高いと思たんか、値段交渉を始める。しかし陳さんもなかなか応じへん。

 多賀先輩も腹が立ってきたんか、声が徐々に大きなってくる。


 そしたら次の瞬間、二階からちょっと強面こわもての男が5、6人降りて来た。

 見てくれは心配していたマフィアと言うよりは、下っ端のチンピラ的な感じや。

 そやけど取り囲まれると、結構怖い。


 出た出た、やばいやん。


 それでも、多賀先輩は引かへん。


 おいおい、もうそろそろ引き時とちゃいますのん? これ、勝ち目無いで。


「きゃー!」


 突然、美穂の叫び声がする。

 取り囲んでいた男の一人が、美穂の腕をつかんだ。


「こらー、何すんねん!」


 美穂がやばい。なんとかせなと思て決断する。僕が急に立ち上がると、一瞬その男は怯んだ。


 異世界ヒーローもんならチートな能力を使こてボッコボコにするんやろけど、現実には無理。


「わかったわ。払ろたらええねんやろ。その手ぇ放さんかい」


 と言うてふところから1万円だけ取り出して、テーブルに叩きつける。


 ごめん美穂。情けないけど、お金払うわ。


 それで美穂が無事なら1万円は安いと思た。


 男は美穂から手を離し、テーブルの1万円を取ろうとしてる。


 今や!


 僕は美穂をかかえて外に出る。走って店から50メートルほど距離をとった。


「美穂、大丈夫か?」

「うん、大丈夫ぅ。あー怖かった。ドキドキしたわ」


 そう言ってる美穂の顔は、何処どことなくニヤけてる。


 こいつ、楽しんどったな。なんちゅう神経してんねん。僕はめっちゃめちゃ怖かったんやぞ。


「お前なー、なに笑ろてんねん。こっちは真剣やったんやぞ。美穂を……守ろうと思って……」


 金払うんが守ることなんか? でもあの場合はそれが最良の……って、自問自答してた。


「うんん、違うねん。憲さんが私の事、助けてくれたから。ホンマに嬉しかってん。それで……」

「そ、そっかぁ。それやったら……僕も良かったわ。でもホンマに無事でなによりや」


 そう言うと美穂は下を向く。


「でも……、やっぱり……、1万円はちょっと高かったなぁ」

「何を言うかと思えば、それかいな。もうええねん! 無事やったら。後で多賀先輩に半分ろとくわ」

「私も出すよ。3千円ぐらい」


 そ、そういう事とちゃうねんけどなぁ。なんかズレてるよなぁ美穂は。

 2千円でええよ、って心の中で言うてしもた。



つづく

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