第2話 『だれ?』からのエクソダス

1.


 俺がどんな気分だろうと、目覚ましは鳴る。こんなに最悪の気分なのに。ピピピピピピピピピピピピピピピピ「うっせぇ!!」

 スイッチをぶっ叩いてアラームを止めて、手に思った以上の激痛が走って涙目になってベッドの上で思わず悶えて。

 俺は自分がベタなコメディを演じているというカッコ悪さも忘れて、痛む手を振りながら昨日からの混乱を引きずっていた。

 純は、俺の彼女は、俺のことを覚えていなかった。全く何も。

 1年生の最初にたまたま隣の席だったことも。

 好きなアーティストが一緒で盛り上がったことも。

 そのアーティストのライブに、初めて2人で行った夜のことも。

 なに一つ。何ひとつ。

 はっきり言ったさ。俺、キミと付き合ってたんだ。いや違う。君と付き合ってるんだ。

 ――キモい。

 それが、純のリアクションだった。

 スマホに入ってる俺と彼女のツーショット写真を見せる間もなく、面会時間終了となって、俺は申しわけなさそうなお母さんに見送られて、エレベーターに乗った。

 扉が閉まるまでが限界だった。横の壁に拳を打ち付けて、泣いた。

 とぼとぼと帰って行く俺は、自分がカッコ悪いかどうかなんて全く気にもできなかったんだ。



 朝食を食べなきゃ。でも、目の前に置かれたトーストと目玉焼きにどうしても手が出ない。

 お袋が心配そうに声をかけてきた。

「どうしたの? 学校で何かあったの?」

「っせーな、なんにもねぇよ」

 嘘じゃない。学校のことじゃないんだから。

 不意に、昨日の光景が脳裏によみがえってきた。純のセリフも。

『あの……だれ?』『キモい』

「なんでだよ……」

 また泣きそうになった俺は、急いで立ち上がった。

「ちょっと! 朝ご飯は?」

「……今日はいらない」

 おろおろするお袋をキッチンに置き去りにして、俺は部屋に戻ろうとした。

 でも、

「とぅ!」

 親父が前蹴りを繰り出してきた! 今起きてきたらしい親父の、臭ぇ足で。

「うお! なにすんだこのクソ親父!」

「たわけぃ! のぞみを困らせることは許さん。飯を食え。戻れ」

 親父は温厚で、物知りで、ちょっとイカレてる。仕事にはちゃんと行ってるんだから、近所の引きこもりのオッサンよりマシなんだけど。

 今朝はイカレモードかよ。飯食わないってお袋に言ったのが気に障ったみたいだが、

「っざっけんな! 俺は飯食う気分じゃねぇんだよ!」

 言い終わらないうちに、目の前が真っ暗になった。親父に顔を掴まれて締め上げられたのだ。

「痛ぇ痛ぇ痛ぇ痛ぇって!」

 もがいても取れない。親父の手に爪を立てても。その抵抗も虚しく、俺はキッチンのほうへズルズルと押されていく。

「飯は気分で食うもんじゃねぇ。命の糧だ。食え」

「分かったやめろ!」

 お袋が飛んできたこともあって、俺は親父の魔の手(物理)からようやく逃れることができた。

 ちくしょうクソ親父め。顔に痕が付いちまったじゃねーか。カッコ悪ぃ。


2.


 教室に着くと、地獄が待っていた。純の意識が戻ったという話題で持ちきりだったんだ。

 あいつは才色兼備って四文字熟語がピッタリの人気者。お母さんは俺以外にも連絡を取っているんだろう。

 それが、今は呪わしい。

 つーっと素通りして席に着き、教師が来るのを待つ――ことはかなわなかった。

 俺は、純の彼氏だから。少なくとも、ここと隣の教室では。女子の一人が、俺が来るのを待ち構えていたかのように、勢い込んで話しかけてきたんだ。カバンを机に置く暇もなく。

「洋太君、病院行った?」

「ああ、行ったよ……」

 訊いてきた女子は、本当にうれしそう。その向こうに、涙ぐんでる女子と、こらえきれずに涙をハンカチで拭いてる女子までいる。

 泣きたいのは俺のほうなのに。ぶすっとしてうつむいてると、

「お前、なんでうれしそうじゃねーんだよ」

 今度は男子まで。

 なんにも知らないくせに。知らねぇくせによぉ……ちくしょう……

 もうガマンができない。俺は昨日の顛末をみんなにぶちまけた。それはもう、ありったけの悲愴な顔をして。

 みんな黙った。でも、なにも解決しない。それが俺をさらに苛立たせ、みんなを遠ざけた。

 その時、教室の戸が開いて担任が入ってきた。険悪な雰囲気になっているのを一目で見抜いて、でもそ知らぬ顔でみんなを着席させて出席を取り始める。

 ちくしょう。俺はいきなり立ち上がった。びくりと震える担任をにらんで、

「気分悪いんで、保健室行ってもいいですか?」

 許可の言葉もそこそこに、俺は教室を出た。実際、気分が悪い。

 みんなで俺を、『かわいそうな奴』って目で見てた。それが最高に気分が悪い。カッコ悪いったらありゃしねえじゃん。



 とぼとぼと向かった保健室の前で、俺の気分はさらに悪化した。

「よ! 洋太君。おはよ」

 笑顔の深那美がいたのだ。俺が隣の教室を出た音を聞きつけて、自分も気分が悪くなったといって出てきたらしい。

「というわけで――」

 笑顔、保健室前の廊下、そしてピストル――って!

「ちょ! おま、そんなの出すなよ!」

 慌てふためく俺に、しーっと唇に指を当てて、深那美はにらんできた。

「せっかく1時限目の時間が空いたんだから、有効に使おうよ。ほら、この近くにあれがあるんだし」

 深那美が例の地図を見せてくるけど、ちっとも乗り気にならない。なるわけがない。

「……今、そんな気分じゃねぇんだよ。ほっといてくれ」

「なんで?」

 かわいく小首を傾げてもだめだ。

 そして、心底分からないという顔をしてもダメだ。

 お前がなにを言おうと――

「純チャンの記憶が戻るのに?」

「……マジ?!」

 深那美は口を尖らせた。

「ほんとにニッブイなぁ」って。

「純チャンは本来なら一生目が覚めるはずがないんだよ? それが、キミがあの光を開放した時、目覚めた」

 唖然としている俺に近づきながら説明して、上目づかいな深那美。

「どうする?」

 その挑むような眼つきと口調に、俺はうなずいた。

 偶然かもしれない。深那美の嘘かもしれない。

 でも、それが事実なら。

 俺が、純の記憶を甦らせてやれるなら。


3.


 さっそく行動開始。もちろん、俺のクラスも、深那美のも、使ってる教室の前は全て通れない。

 だから自然と、音楽室や理科実験室みたいな普段使わない教室の前を縫っていくことになる。これが意外と難しいんだ。

 どうすんだと焦り始めたところで、ホームルームが終わって、生徒が廊下に出てきた。事前の短い打ち合わせどおり、トイレに飛び込んで個室に籠る。

(なんで、他人のシッコする音や雑談を聞いてなきゃならないんだ……)

 でも、我慢。純のためだ。じっと息を潜める。誰だよ、空いてないからって舌打ちした奴。

 やがてトイレ特有の声の反響も消えていき、チャイムが鳴った。行動再開だ。

 トイレの出入り口からそっと顔を出した俺は、奇妙なものを見つけた。女子トイレの出入り口からにゅっと突き出されたそれは、

「……手鏡?」

 くるっくるっ。カード大のそれが素早く回転すると、鏡面がこちらを向き、深那美の悪戯っぽい顔が映った。

「敵影無し。さ、行くよ」

 忍び足で歩き、曲がり角でまた手鏡。廊下を素早く横切って、また忍び足。

「こっちで合ってるのか?」

 また唇に指を当てて、反対の手をスナップ利かせて、クイクイ。

「 Go ahead 」

 すいすいと、本当に足音も立てずに進む深那美は、角を曲がる時以外は迷いが無い。

(そういえばこいつ、かくれんぼとか缶蹴りのオニとか、異様に強かったな)

 俺は自然に、彼女の足運びや姿勢を真似するようになっていた。

 基本は前かがみ。背の高い俺は廊下の窓から丸見えだからだが、それをもっとかがませる場所が来た。渡り廊下だ。

 前かがみどころではなく中腰を強いられた俺は、思わず眼を背けてしまった。

 なんでって、先行する深那美も中腰だから、彼女のスカートが目の前にあるわけで。スカート越しの腰から下のラインが、否が応でも目に入るわけで。

 そんなことは気づいてもいない深那美は、無事に渡り廊下をクリアすると、小走りに南舎へと飛び込んだ。

(あいつ、けっこう素早いのな……)

 負けじと追走して、ついに俺は1階奥にある、倉庫代わりの教室前にたどり着いた。

 息を整えながら、腕時計を確認する。1時間目が終わるまで、あと20分。警戒しながらここまで来たから、あまり時間が無い。

 教室には、2枚の引き戸の合わさるところに、手の平大の錠がかけてある。揺さぶってみても、まあ取れるわきゃないよな。

 時間がないっていうのに、どうすりゃいいんだ。

 悩む俺。悩まない深那美は、

「どいて、洋太君」

 俺の代わりに錠の前に立つと、まず錠の形をよく調べ始めた。

「鍵穴はこれか……どれどれ……」

(ドライバーでこじ開けるのか? それともピッキングツールか何か持ってんのか?)

 正解は、強行突破ピストルだった。

「えい!」

 取り出したそれをおもむろに振りかぶると、逆さにして思いっきり錠に打ち付けたのだ!

 ガッ!!と盛大な音に俺はびびった。思わず後ろを振り返ってしまった俺は、背中に歓呼を聞いた。

「よし、開いたぜ」

 錠の部品――名前は知らないけど――を破壊して、深那美はまたガチャガチャと音高く、錠を戸から外した。

「さ、行くよ」

「……鍵穴調べてたのはなんだったんだよ、お前」

 びびった俺、最高にカッコ悪いじゃん。

 そんな俺を引っ張って、深那美は空き教室に飛び込み、

「きゃー」

 と叫んだので、焦った俺は思わず彼女の口を塞いでしまった。

 確かに驚くのも無理はない。

 窓には全て遮光カーテンが引かれていた。だから教室の中はかなり暗かったんだけど、俺たちの目の前にでんと置いてあったのは、人体模型だったんだ。

 ベタな展開と同時に、定番のリアクションを見せる深那美。

(こいつも女の子なんだな)

 そこまで考えて、その女の子の口を塞いでいることに気づいた。慌てて手を外し、小声で謝る。

「きゃー」

「まだ言うか」

「イヤラシイ」

「やめろよ、悪かったって」

 深那美はフルフルと首を振り、顔を両手で覆った。

「ラベルがあんなところにぃ~」

「……ラベル?」

 人体模型を上から下まで眺めると……ああ……股間に貼ってあるじゃねぇか!

「そっちかよ……」

 呆れた俺は、ミッションを思い出してピストルを受け取ると近づいて、ラベルに銃口を押し当てた。

「……次の日、股間を何者かに潰された洋太君の遺体が」

「やめろバカ」

 背後のささやきを一蹴して、引き金を引いた。

 ドン、と銃声が心臓に悪い。

 そして当たって打ち上がる光。これはカーテンのおかげで外には漏れないだろう。安心安心。

 光は天井近くまで行き、ぱっと花開いた。きれいなのだが、おかげで人体模型の顔に影ができて、キモい。

「よし、戻ろう」

 1時限目終了まで、あと15分弱。今さら保健室に行くより、気分が良くなったと言ってクラスに戻ったほうがいい。深那美はそう言ってまた中腰になった。

 また顔を背けるのも癪なので、今度は俺が先頭に立ったけど。



 放課中、女子が謝りに来た。保健室に行ったことがショックだったらしい。

 あのまま教室でふてくされてなくてよかった。光も解放できたし。

 だからいたって穏やかに女子に応対できた。

「さすがイケメン、カッコイ~」

 からかってくる男子を軽く蹴飛ばしてるうちに、2時限目が来た。授業を受けながら、こっそり例の地図を机の上に開く。

(この近くには、これこの学校か? まだあるんだ……なんかすげー勢いで移動してるやつ、車か? どーすんだよこれ……あ、止まった)

「おーい、洋太! 寝るな!」

 名指しされて思わず跳ね起きてしまった。地図とにらめっこしてたのが、寝ていると取られたみたいだ。

 教室中から笑われて、苦笑いで頭を下げる。ついでに机の前に立てておいた教科書で――そんなことするから寝てると思われたんだと今気づいた――地図をさりげなく隠した。

 でも、授業に集中できない。

 純の記憶、また少し戻ったんだろうか。そう思うと、心臓がバクバクし始めて苦しい。

 つか、なんであれで記憶が戻るんだ?

 深那美はなんでそんなこと、知ってるんだ? つかなんで、あそこにラベルがあるって分かったんだ?

 あの黒幕は、なんで金をくれるんだ?


4.


 部活の帰り道、携帯が鳴った。

 声の主は、戸惑いと喜びが入り混じった、純のお母さん。

 朝から妙に機嫌が悪かった純と、夕方ついに口げんかになって、俺のことをつい口にしてしまったのだそうだ。

 それを聞いてしばらく取り乱していた純は、ある時すっと落ち着いたかと思うと、ポロポロと涙をこぼし始めた。そして、

『その人のこと、あたし、ほんとに知らないって言ったの?』

 その後はまた取り乱し始めたため、鎮静剤を打ってもらって寝てるらしい。

「教えてくれて、ありがとうございました。また何かあったら、教えてください」

 会いに行きたい。

 でも、怖い。カッコ悪いけど、昨日の夕方から今朝にかけてみたいなドタバタはもうやりたくない。

 もっと、光を解放しないと。

「さ、行こう」

 いつの間にか目の前に、深那美がいた。声掛けだけじゃなく、驚きに目を見張る俺のダッフルコートの袖をつかんで、誘導を始めてしまう。

「ちょ、待てよ!」

 周りにいた学生の目を気にして、俺は焦った。同じクラスの奴や、純の部活の後輩までいるんだから。

 俺の心配どおり、みんなの視線が俺と深那美に突き刺さってる、気がする。

 振り返りたくないし振り返れない俺は、足を速めた。結果的に前だけを見ながら。

 まだ袖を引っ張り続ける、深那美の悪魔的な笑みを横目に。



 5分近く自転車を駆って、ようやくたどり着いた駐車場。目指すラベルも、それからまた5分近く捜し回って、ようやく見つけた。

 それはいい。ただし、大きな問題がある。

 ここ、警察署の真ん前じゃねぇか!

 さすがに日も落ちて、ここから丸見え――つまり俺たちも丸見え――の正面玄関から出入りする人もいないけど、その道路向かいでピストルを撃つ。

「ちょっとヤバイんじゃねぇの?」

 そう深那美に投げかけると、そっけないような面白がってるような返事が返ってきた。

「ちょっとどころじゃないと思うよ? 洋太君」

(まるで他人事のような言い方しやがって……)

 俺はちょっとためらったあと、深那美からピストルを借りた。やっぱ純のためだし、ちょっと冒険しなきゃ。

「マジでやる気?」

「ま、どうせオモチャだし、試しに鳴らしてみたんですって言えばいいよな?」

 だが、幼馴染はゆっくりと首を振った。なぜか優しく諭すような口調が飛んでくる。

「そのマカロフ、マジチャカだよ?」

 ……何を言ってるのかさっぱり分からない。

 深那美は俺の顔に浮かぶクエスチョンマークを読んで、解説してくれた。

 ピストル――マカロフという名前だったことを、今思い出した――が本物であること。

 銃弾が特別製であること。

「……つまり、ケーサツに捕まって取り上げられたら――」

「そ」

 悪魔的笑み、再び。

「銃刀法違反バーリバーリ」

 なんでお前、ダブルピースでにっこりしてんだよ……

 その時、まさにピコーンと擬音がしそうなくらい、俺はひらめいた!

「そうじゃん! こいつ剥がして別のどっかで――」

 かがんで手を伸ばす俺の目の端に、慌てる深那美の顔が見えた。

 次の瞬間、俺はハジケタ。その前に、痺れた。

 俺の指があのラベルに触れたとたん、ゴバァッとかドオウッとかいった音が体内から響いてきて、目の前が真っ暗になったのだ。

 そのあとは、背中の後ろの空間がやけにソリッドになったのと、体がぐらんぐらん揺れ始めた。

 意識が鮮明になったのは、どのくらい経ってからだろうか。俺はようやく状況を把握することができた。

 ラベルが貼ってあったのは、駐車場の外縁を縁取るレンガ造りの低い壁。そこから1メートルほどのところに、俺は寝転んでいた。

 体の揺れも理解できた。深那美が泣きそうな顔で、俺の胸を揺さぶっていたのだ。

 その胸が、いや心臓が弾けそうになる。

 彼女とともに俺の顔をのぞきこんでいたのは、3人もの制服警官だったのだから。

「キミ、大丈夫か?」

 3人のうちで一番のオッサン警官に声をかけられて、上ずった声にならないように答えながら、こっそり両手を確かめる。

 ラベルを触った指は無事だった。そして、右手にはマカロフが無かった。

「あの……俺、どうなったんですか?」

「それは我々が訊きたいよ」

 警官曰く、突然窓の外から閃光が差し込んで、続いて大きな音がしたのだと。で、窓からのぞいたら、駐車場にカエルのようにのびている俺と、その身体に取りすがっている深那美を見つけたんだと。

 カエル……俺がそんな格好で引っくり返ってたなんて……

「キミたち、どこの学校? ここで何をしていたんだ?」

 来たよ職質。

 ハキハキと答える深那美。今の出来事からもう立ち直っているのが、なぜかむかつく。

「彼、サッカー部なんです。で、そこまで来た時、彼の持ってたボールが転がっちゃって、この駐車場の中に入ったんです。で、探してたら、突然彼が光って大きな音がして……」

 こいつ、嘘が上手なのな。名前と学校を名乗るのが精一杯の俺とはえらい違いだ。

 でも、警官は深那美の説明に納得できなかったようだ。

「悪いけど、ちょっと身体検査させてもらうよ」

 男性警官と婦人警官が、俺と彼女の身体を探り始めた。

 深那美から目をそらして、心を静めるよう努力する。

 俺の手にも、駐車場のアスファルトの上にも、マカロフは無かった。

 てことは、こいつが持ってるはず。

 もし見つかったら、俺が名乗り出よう。『俺のモデルガンを彼女に貸してたんです』……すごく嘘くさい。でも、深那美を守らなきゃ。たとえ、ことの起こりが彼女だとしても。

 だが結局、マカロフも銃弾も見つからなかった。俺の発光と失神は不思議現象のまま。

 警官には医者に行くように勧められ、ついでに『こんな時間に男女で暗いところをうろつくな』と軽く説教を食らっただけで済んだ。

「なあ、どうやって隠したんだ?」

 と訊こうとした俺を目で制して、深那美はささやいた。

「魔法だよ」

「は?!」

 思わずすっとんきょうな声を上げた俺を、深那美は横目でにらみながら自転車に向かった。

「まだ後ろに誰かいる。もういいじゃん、そんなこと」

 あのラベルをどうやってクリアするかは、また考えよう。そう言い合って、別れの四つ角。

「じゃあ、また明日」

「おう、また明日」

 家に帰ると、心配そうな顔をしたお袋がすっ飛んできた。警察から連絡があったらしい。

 大丈夫だからと言っても聞かないので、渋々医者に行く。夕方診療の終了時間ギリギリに間に合い、診察を受けることができた。

 もともと消化器系が弱い俺とかかりつけのお医者さんは、もう10年以上の付き合いだ。最近調子が良かったので来てなかったからだろうか、俺の語る経緯を興味深げに聞いてくれた。

 診察を受けながら、ふと疑問に思ったことを口にしてみる。

「俺が適当なこと言ったり、嘘ついてるって思わないんすか?」

 お医者さんは少し首をかしげてから、

「君はそういうことをするような子じゃないと思ってるんだがね。病気を言い立てて通院を繰り返すような病癖もないし」

 そして、もう一度首をかしげた。

 起き上がって服を直しながら、なにやらつぶやいているお医者さんを見つめる。かつて見たことのない表情だ。

「紹介状を書くから、念のため、市民病院で精密検査を受けなさい」

 胃が、シカッと痛んだ。

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