銅の匂い ―范蠡―
彼は、かつての主君・
あの王は、ある意味類まれな「正直者」だったのかもしれない。
他人に感謝するのが心底から大嫌いな男。人が他人に対して感謝の気持ちを持ち続けるのは、相手に対して頭を下げ続ける事に他ならない。そして、自らがそのような状態に置かれる事態を不快に感じる者は(実は)少なくない。それも、老若男女も身分の尊卑も問わず。何しろ、思いやりとは、いじめや差別と同じく、他人を支配する「武器」であり得る。だからこそ、恩を仇で返す人間はいるのだ。
自尊心が強い者でも、相手に好意を抱いている限り、相手に対する感謝は不快ではない。しかし、相手に対する気持ちが冷めてしまえば、それらは憎しみに転じてしまう。衛の霊公が美少年・
勾践は、自分の気持ちに正直になった。つまり、自分に「感謝の気持ち」を抱かせるという屈辱を与えた功臣を粛清した。
彼は、勾践の魔の手からかろうじて逃げられた。一応は同僚に対して警告の手紙を送ったが、それが精いっぱいだった。仮に無理やりこの元同僚を国から連れ出そうとすれば、かえって共倒れになってしまっただろう。
「君臣なんて、ろくなもんじゃない」
彼は、新たな仕事を始めた。これからは、湿った「情」ではなく乾いた「銭」が支配する世の中だ。
「銭」は冷淡だが、実に分かりやすい「物差し」だ。どんな血筋や身分以上に、人の存在価値を測るものだ。どれだけ「銭」というものを稼ぎ、使いこなす事が出来るか? これで人間たちの存在価値を決める時代がやってくる。
かつての宿敵・
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