たった一人の「極楽」 ―細川忠興―
彼は延々と歩き続けていた。雲一つない青空の下、一面に広まる花畑の中を、彼は黙々とさまよっていた。
ここは極楽なのだろうか? いや、とんでもない。
「何だ、地獄と変わらぬではないか?」
心地よいそよ風が、彼の着る九曜紋の
途中で泉の水を両手ですくい、飲み干す。冷たく清らかな甘露。しかし、彼の心の渇きは癒やされない。
無邪気に飛び回る蝶たちが憎らしい。自分は春の暖かさにそぐわぬ苦悩を抱いているというのに。彼は、ますますいらついた。
たった一人しかいない天国と、みんなと一緒の地獄。秦の始皇帝ならば、多分前者を選ぶだろう。
「珠よ」
彼はかつての最愛の妻の名を呼ぶ。お前がそばにいてほしい。しかし、異国の神が彼女を彼から奪い去った。いや、その前に彼女は彼を見放していた。
彼が謀反人となった岳父を見捨て、その娘である珠を幽閉して以来、彼女の彼に対する愛情は死んだ。彼は彼女の侍女の鼻を削ぎ落とすなどの凶行で彼女を脅したが、彼女はますます遠ざかった。
もう、愚かな「人間」の相手などしたくない。彼女は彼を見捨てた。
今の自分の孤独は彼女の呪いなのだろうか? いや、「呪う価値すらない」と見放されたのだ。
彼は花畑の中を歩き続ける。『荘子』の胡蝶の夢のような、極楽のような地獄の中を。
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