9. 最後の空

 その時のフィネルは、なぜかひたすらに遠い目をしているように、こはくには見えた。それであって、やわらかな眼差しだった。

 こんなことを言う。

『……もう一度、翼をつかえないかねえ』

『……どうしたの? やっぱり、さっきの……?』

 フィネルの翼は、もうその役目を終えている。なのに。

『飛ぶなら、あたしたちで支えてあげるよ』

 カテの申し出と、妖精らの目配せ。

 こはくには、わからなかった。なぜ、今になってこんなことをフィネルがつぶやき、妖精らが頷くのか。

 妖精が、大人の竜の翼になるのは、当たり前だがとてつもなく労力を有する。それこそ、この深き森の妖精らが、総出しなければ、難しいだろう。

 ――その理由を、こはくが理解するのは、「それ」が終わってからだった。



 妖精らの支えあって、久々に空に出る。

 こはく以外の、森の皆がわかっていた。

 ――フィネルが、もうすぐこはく達から、この世界から弾かれることになる、と。

 これは、最期のわがままだ。

【……本当は、もっと見ていたかった】

 誰にも聴こえない音で、フィネルはつぶやく。

【あのとき、私はおまえに、運命すら感じたさ。こはく】

 目に映るのは、夕暮れの空の色。

 もう、きっと見ることはできない風景を。こはくを背に乗せ、妖精らの支えで飛ぶ空の、浮かぶ雲を。

 目に焼きつけながら。

【……私の、愛しい子どもたち。できることなら、もっとその成長を、皆の戯れを、守っていたかった】

 ……守っているつもりが。いつの間にか、こうして支えられていたのだろう。この、愛しい子どもたちに。

 こはくを、この森の「家族」として愛してくれた、妖精たち。最初こそ反対していたのに、時にフィネル以上に、様々なことを教えてやっていた。人懐っこいカテから、警戒心の強いキキまで。

『……ありがとうよ、おまえたち』

 そして。

【あの日、拾ったひとの子よ。「極上の涙」の、私の子】

 ――こはく。最後は、どうか笑っておくれ。

 


 訪れる時は、すぐそこまで来たりて。

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