2. 老涙竜の住む森で

 ――ふぎゃあ、おぎゃああ。

 

 甲高い、耳に響く「音」で、フィネルは目覚めた。

 ここは、地上界のとある位置の、深い森。人の治める国から、竜にとっては近く、人からすれば遠い場所にある森だ。


 通常、「竜」は地上界の空のむこうに存在する「天命界」に住む者が多いが、なかにはフィネルのように、「地上界」で空を見上げることを好む竜もいる。

 また、地上界の下の空間に存在する「魔運界」には、何かしらの「罪」を背負うものが住んでいる。

 老いた涙竜であるフィネルのかわりに、森の妖精らが、ざわざわと騒ぎだした。

 ――またか。

 ここ何年かのなかで、人はこの森に「なにか」を置き捨てにくるものがでてきた。それは、フィネルがあえて「居る」ことを主張していないためもある。

 だからといって、森は置き捨て場所ではない。やはり、ここらでちやんと「主張」しないといけないか。


『……ねえ、この音はなに?』

生まれて初めての「音」に、妖精の幼子のカテは怯える。

『また、人間が……?』

『この音は、……泣き声?』

『大丈夫さ。……カテ、落ち着くんだよ』

 この森に住む妖精らにとっては、人間は「脅威」だ。だから、過敏になるのだ。そんなに怯えることはない。だってこの音は。


『人の、赤子だね』

 

 泣いている。かわいそうに。赤子は一人、置き捨てられたのだろう。

 初めてのことだが、「それ」を見たことのあるフィネルは、赤子に同情すら湧いた。あれは、恐れるにはあまりにも、小さい。

 ふわり、軽く翼を広げ、宙に浮く。

 人のはずなのに、人に捨てられたと思われる小さな魂に、首を伸ばした。



 ――そうして。

 黒い髪をした、琥珀色の瞳の赤子が、老いた涙竜に拾われたのが、ことのはじまりだったのだろう。

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