現在からみえる過去の姿

瓢箪独楽

現在から見える過去の姿

 私は今まで何人もの人を斬った。

腹を掻っ捌き、頭蓋を砕き、四肢を引き千切り……


 初めて人を殺めたのは武士と呼ばれる者達が、その人生を戦、政

治、誇りに捧げていた時代。

 戦国の世。

とある合戦上での事だった。


 怒号と、鋼同士がぶつかる甲高い音、そして断末魔。

私はその中に居た。

 目の前には血と脂で斬れなくなった刀を振り上げ、襲い掛かる相

手が居る。


 だから斬った。


振り下ろされる刀を弾き返し、返す刀でこめかみを斬りつける。

 

 ゴリッ


鈍い音と、血飛沫の激しい音が生まれる。

 だがその全ては怒号と断末魔にかき消され、嫌な感触だけがその

身に残る。

 それを消し去るよりも早く、背後の気配に振り返る。

そこには、返り血で赤黒くなった顔をした敵がまた……


 だから殺す。


 相手に行動を許す前に、鎖骨の少し上を目掛けて突く。スーッと

小気味良い感触と共に、相手の口から血反吐が飛び出る。


 幾人も幾人も斬った。




 次に人を斬ったのは江戸の世。

新撰組や維新志士達が、己の信じる道に全てをかけた時代。


 時には新撰組隊士を

 時には維新志士を

 時には商人や農民を


 私は斬った。その身を刃の雨にさらしながら。

それでも私はまだ死なない。

生きている。

 正直、人を斬るのが嫌になってきていた。

でもきっとそれを止める事は出来ない。

これからもずっと人を殺め続けていくのだろう。


 そして時代は過ぎゆく……



 ――現代。


 私は奉られていた。

幾人もの人の魂を冥府に送り、

その身朽ちるまで人を殺め続けたのに……だ。

 とある神社。その中で私は奉られている。

私の前に訪れ、


 手を合わせ拝む者

 目を細め怖れる者

 私の過去に憧れる者


存外に人とは勝手である。


 私が奪った魂を思い、その残虐な性質を封印する為なのか

 私が奪った魂を思い、その築き上げた功績を称える為なのか

 私が奪った魂を思い、後世を戒める為なのか


 その真意は私には測りかねる。

私は古き時代、とある刀匠に叩かれた、一本の古き刃也。


 そして私は思う。

正義とは、なんと不安定な事かと――

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現在からみえる過去の姿 瓢箪独楽 @hyoutangoma

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