ホットに萌える/燃える
「なぁ、エマ」
「なぁに、シュン?」
「『ドラゴンボール』の悟空ってさ、牛魔王とミスター・サタンという金持ち二人と姻戚関係結んでうまいもん食ってんだろ? うちのエリカとケンが将来金持ちと結婚したら、俺らもうまいもん食えそうだな」
「何、アホな事言ってんの? それって『他人の相撲でふんどしを取る』って言うんでしょ」
「え…?」
舜太郎が
そんな彼が、アメリカ人留学生だったエマ・ホームズと出会ったのは大学時代、同じ日本画専攻だった。それから二十年以上経ち、今は二児の父母となった日本画家夫婦である。そして、大地震という災難を乗り越えて、夫婦揃って初の展覧会が開かれた。
「それ…相撲とふんどしが逆…」
「あ…!」
エマは舜太郎と結婚して、日本国籍を取得してからは「松永
舜太郎が実質的にラジオパーソナリティを本業にしているように、恵真は漫画家の仕事が本業だった。
「ふんどしはどうでもいいけど、今の俺らが飯食えるのは三好さんのおかげだよなぁ」
「三好さんと、他の〈FMエソニア〉の人たちのおかげね。もちろん、お
舜太郎は、高校時代の先輩である男性アナウンサーのコネのおかげで、ラジオパーソナリティの仕事を始めた。三好と松永という二人の苗字の組み合わせから、色々とからかわれたが、舜太郎の家は一応は「その人」の子孫という事になっている。
「そうだ、今晩、〈おやじ天国〉に行ってみないか? エリカとケンには適当に料理させて夕飯食ってもらおう」
すすきのには、〈庶民的おやじ天国〉というキャッチコピーの居酒屋がある。そこはFMエソニアの三好アナウンサーの弟夫婦が経営しているが、「おやじ天国」という割には、女性や若い男性の客も少なくない。
舜太郎と恵真は、店の名物料理であるモツの煮込みを注文した。
唐辛子入りのホットなスープで煮込んだ、柔らかいモツの口当たりに萌える。当然、スープの熱さ/辛味にも燃える。これは単に辛いだけの料理ではない。薬味として入っている長ネギと青ジソが絶妙なアクセントになっている。
「あー、やっぱりおいしい」
「下戸の俺らも萌える味!」
「普通、食べ物に対して『萌え』なんて言葉は使わないよね?」
「そういえば、テレビで誰かがグルメ番組で『エロうま』なんて言ってたな」
「エロい食べ物って…何?」
舜太郎と恵真はジンジャーエールを飲みながらモツ煮を食べる。二人は下戸だが、居酒屋が好きだ。
「今週の週刊文潮に『真・バサラ無双』の記事があったけどさ、俺のご先祖様役の声優さんが同じ事言っていたんだよ。初めてイベリコ豚を食べて、肉の甘味を感じて『エロい』って」
ゲップが出るほど人口に膾炙しまくっている人気ゲーム『真・バサラ無双』とは、歴史上の有名人たちを世界各地の神々や悪魔たちと合体させて戦わせるという、実にごった煮度が高いアクションゲームやシミュレーションゲームなどのシリーズである。当然、舜太郎の先祖である「あの人」もプレイアブルキャラクターとして登場するが、さらに当然、舜太郎は「あの人」でゲームをプレイする。
しかし、四捨五入すれば半世紀生きている今の彼にとっては、昔ほどにはアクションゲームの操作がうまく行かない。やはり、息子の
「とりあえず、あいつらはこの焼き鳥セットでなだめよう」
舜太郎と恵真は、店を出た。〈おやじ天国〉では焼き鳥のテイクアウトの注文が出来るが、モツの煮込みは店内でしか食べられない。恵理嘉はまだ高校生だし、顕はまだ小学生だ。すすきの食べ歩きに連れて行くのはまだ早い。
「特につくねがおいしいよね」
恵真がほくほく顔で言う。舜太郎は夜空を見上げる。
「命あっての物種だねぇ」
「だねぇ」
そう、数か月前の大地震から生き延びたのだ。生きている事、それ自体が奇跡。酒ならぬ飯に対してまさに歌うべし。
「人生は飯だ」
舜太郎と恵真は地下鉄のすすきの駅に入った。
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