不道徳で道徳的な、恋愛と殺戮

雪車町地蔵

不道徳な恋愛 ~恋情は機械人形を殺したか~

 世界に反するな。

 プロキシー・コードに正しくあれ。

 それが、道徳である──


§§


 夕焼けの荒野に響く、乾いた破裂音は三回。

 時代錯誤も甚だしい火薬式のリボルバーが、破裂音の数だけ、エイダの同族を機能停止させる。

 心臓リアクターを撃ち抜かれた同族──機械人形オートマンが、オイルをまき散らし崩れ落ちた。

 彼らに与えられたプロキシー・コードは家族。

 そして、被害者。

 殺害者のプロキシーを持つ機械人形、エイダにしてみれば、当然のことをしたまでだった。

 エイダには、自分が正しいことをしているという確信があった。

 世界に貢献しているという、確かな認識が。


 人類と呼ばれた、人形たちの造物主が滅びて、すでに二世紀以上。

 残されたオートマンたちは、かつて造物主たちが保持していた幾つかの特性プロキシー・コードを代替することで、社会の無意味な真似事を続けていた。


 生産者。

 消費者。

 為政者。

 革命者。


 保安官、犯罪者、一般市民、そして──


 エイダが押し入った家に。

 〝家族〟と呼べる存在は四体いた。

 しかし、エイダが殺戮したのは三体だけだった。

 最後の一体──ゼファーは、光学カメラである目を鋭くしながら、エイダをにらみつけている。

 そこには、憎悪のプロキシー・コードが存在した。

 エイダは、自分より酷く小柄なゼファーに、リボルバーを突き付ける。


 小さな警報音が、両者の脳内で鳴り響いた。


「──ああ」


 そこでエイダは初めて、自分がなにを前にしているか、理解することになった。


 復讐者。


 ゼファーのプロキシー・コードには、そう添付されていたからだ。

 エイダはリボルバーを、ゆっくりと降ろす。

 まだ殺せない。

 まだ殺してはいけないのだ。


「お嬢さん」

「あたしは、ゼファーよ」

「知っているとも。私を殺したいのか?」

「……とっても」


 エイダは押し黙った。

 その隙を逃すまいと、ゼファーは強く、


「もうあたしの家族はいないの、だれも〝それ〟を教えてはくれないわ。だから──」


 けっしておまえを許さないと告げるように、こう提案するのだ。


「あなたの殺し方を、あなたがあたしに、教えなさい」


§§


 おんぼろ車をどのくらい走らせたか、エイダは記録していなかった。

 ともかく、ゼファーがいた町からはすぐに離れた。

 保安官の存在を危惧してのことだった。

 エイダは殺害者であり、この先も殺し続けることが義務であったから、おのれのプロキシー・コードを阻害する保安官からは、距離を取りたかったのである。


 荒野の一角に車を止めたエイダは、ゼファーに降りるよう促した。

 ゼファーは渋ったが、やがて言うとおりにした。

 レンズマメの缶詰を、手頃な岩の上に置く。


「あれを撃て」

「できないわ。武器を持ってないもの──キャッ!?」


 投げ渡されたリボルバーに、ゼファーは目を白黒させる。


「危ないじゃない!」

「問題ない。リアクターを射貫かれなければ、機能は停止しない」


 エイダは笑ったが、ゼファーは頬を膨らませた。


「持ち方が、わからないの」

「こうするんだ」


 ゼファーの矮躯を包むように抱き、エイダは小さなマニピュレーターに、リボルバーを握らせる。


「撃鉄を起こして、カチリと言うまで」

「大きな手ね。それに、ぼろぼろの手だわ」


 コウン、コウン──と。

 エイダのリアクターの音が、背中越しにゼファーへと伝わった。


「隙間から覗くように、照準器を合わせて」

「あたしの家族を殺した手だわ」

「次は私が、君も殺すさ。さあ、トリガーを引いて」

「……返り討ちに、してあげるんだからっ」


 荒野に銃声が残響する。

 弾丸は、命中しなかった。


§§


「水浴びがしたい」

「勝手にするといい」


 旅路は続く。

 ひと月もしたころ、湖を見つけたゼファーは、積もり積もった塵埃を流すべく沐浴を始めた。

 エイダはリボルバーを片手に、それを見ている。


「あっちを向いててよ!」


 悲鳴のような声に、エイダは肩を竦めた。

 ゼファーがよそ見をした時、エイダはその背中に、リボルバーの照準を合わせた。

 警報が鳴る。

 道徳に反すると、プロキシーが告げる。

 エイダはため息をつくと、見張り番をすることにした。


§§


 旅の終わりは、唐突にやってきた。


「──ああ。私が馬鹿だった」

「黙って……!」


 ゼファーの小さな背中に担がれながら、エイダはオイルをこぼす。

 リアクターの一部を、鉛玉が貫通していた。

 立ち寄った街で、エイダは保安官のプロキシーを持つ同族と出会った。


 すぐさまリボルバーを抜き撃ちしようとしたエイダだったが。

 エイダと保安官の間には、おり悪くゼファーがいた。

 エイダは、引き金を引けなかった。

 保安官は、引き金を引いた。

 それだけのことだった。


 吹き飛ばされたエイダに、いち早く駆け寄ったのはゼファーだった。

 復讐者であるゼファーの存在を認知して、保安官に一時的な機能不全を起こす。

 その隙にゼファーは、エイダを引きずって、その場から逃げ出したのだ。


「私が馬鹿だった、保安官を殺さなきゃいけなかった。私は君に、殺されなけりゃいけなかったのに」

「黙って」

「それが、プロキシー・コードの正しさなのに」

「黙れって言ってるでしょ……!」


 ゼファーが叫ぶ。

 初めてリボルバーの扱いを教わった時と同じように響く、エイダのリアクターの音。

 だけれどそれは、一瞬ごとに弱々しくなっていく。


「あなたはあたしが殺すのよ」

「いま……そうしてくれないか……」


 弱々しい声音とともに、ゼファーの手に、なにかが押し付けられた。

 冷たい鋼鉄。

 鈍色のリボルバー。

 ゼファーの背中から、エイダは滑り落ちる。

 オイルの跡を残しながら這いずり、近くの岩に寄りかかって、小さく笑う。


「撃鉄を起こして、カチリと言うまで」

「できないわ……」

「隙間を覗くように、照準を合わせて」

「できない」

「できるさ、私が教えたんだもの──さあ、トリガーを、引いて?」

「──!!」


 荒野に絶叫が、残響する。

 遠く、近く、どこまでも、何度も──


§§


 保安官が正常な機能を取り戻し、その場に辿り着いたとき、同族はすでにこと切れていた。

 保安官は、機能を停止した


 そのプロキシーは〝恋愛〟──


 エイダとゼファーは、最後まで本来のプロキシーに気が付くことはなかった。

 気が付かないまま、世界に反し続けた。

 だからこれは、残酷で、間違った──


 ──不道徳な恋愛だった。

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