不道徳で道徳的な、恋愛と殺戮
雪車町地蔵@カクヨムコン9特別賞受賞
不道徳な恋愛 ~恋情は機械人形を殺したか~
世界に反するな。
プロキシー・コードに正しくあれ。
それが、道徳である──
§§
夕焼けの荒野に響く、乾いた破裂音は三回。
時代錯誤も甚だしい火薬式のリボルバーが、破裂音の数だけ、エイダの同族を機能停止させる。
彼らに与えられたプロキシー・コードは家族。
そして、被害者。
殺害者のプロキシーを持つ機械人形、エイダにしてみれば、当然のことをしたまでだった。
エイダには、自分が正しいことをしているという確信があった。
世界に貢献しているという、確かな認識が。
人類と呼ばれた、人形たちの造物主が滅びて、すでに二世紀以上。
残されたオートマンたちは、かつて造物主たちが保持していた幾つかの
生産者。
消費者。
為政者。
革命者。
保安官、犯罪者、一般市民、そして──
エイダが押し入った家に。
〝家族〟と呼べる存在は四体いた。
しかし、エイダが殺戮したのは三体だけだった。
最後の一体──ゼファーは、光学カメラである目を鋭くしながら、エイダをにらみつけている。
そこには、憎悪のプロキシー・コードが存在した。
エイダは、自分より酷く小柄なゼファーに、リボルバーを突き付ける。
小さな警報音が、両者の脳内で鳴り響いた。
「──ああ」
そこでエイダは初めて、自分がなにを前にしているか、理解することになった。
復讐者。
ゼファーのプロキシー・コードには、そう添付されていたからだ。
エイダはリボルバーを、ゆっくりと降ろす。
まだ殺せない。
まだ殺してはいけないのだ。
「お嬢さん」
「あたしは、ゼファーよ」
「知っているとも。私を殺したいのか?」
「……とっても」
エイダは押し黙った。
その隙を逃すまいと、ゼファーは強く、
「もうあたしの家族はいないの、だれも〝それ〟を教えてはくれないわ。だから──」
けっしておまえを許さないと告げるように、こう提案するのだ。
「あなたの殺し方を、あなたがあたしに、教えなさい」
§§
おんぼろ車をどのくらい走らせたか、エイダは記録していなかった。
ともかく、ゼファーがいた町からはすぐに離れた。
保安官の存在を危惧してのことだった。
エイダは殺害者であり、この先も殺し続けることが義務であったから、おのれのプロキシー・コードを阻害する保安官からは、距離を取りたかったのである。
荒野の一角に車を止めたエイダは、ゼファーに降りるよう促した。
ゼファーは渋ったが、やがて言うとおりにした。
レンズマメの缶詰を、手頃な岩の上に置く。
「あれを撃て」
「できないわ。武器を持ってないもの──キャッ!?」
投げ渡されたリボルバーに、ゼファーは目を白黒させる。
「危ないじゃない!」
「問題ない。リアクターを射貫かれなければ、機能は停止しない」
エイダは笑ったが、ゼファーは頬を膨らませた。
「持ち方が、わからないの」
「こうするんだ」
ゼファーの矮躯を包むように抱き、エイダは小さな
「撃鉄を起こして、カチリと言うまで」
「大きな手ね。それに、ぼろぼろの手だわ」
コウン、コウン──と。
エイダのリアクターの音が、背中越しにゼファーへと伝わった。
「隙間から覗くように、照準器を合わせて」
「あたしの家族を殺した手だわ」
「次は私が、君も殺すさ。さあ、トリガーを引いて」
「……返り討ちに、してあげるんだからっ」
荒野に銃声が残響する。
弾丸は、命中しなかった。
§§
「水浴びがしたい」
「勝手にするといい」
旅路は続く。
ひと月もしたころ、湖を見つけたゼファーは、積もり積もった塵埃を流すべく沐浴を始めた。
エイダはリボルバーを片手に、それを見ている。
「あっちを向いててよ!」
悲鳴のような声に、エイダは肩を竦めた。
ゼファーがよそ見をした時、エイダはその背中に、リボルバーの照準を合わせた。
警報が鳴る。
道徳に反すると、プロキシーが告げる。
エイダはため息をつくと、見張り番をすることにした。
§§
旅の終わりは、唐突にやってきた。
「──ああ。私が馬鹿だった」
「黙って……!」
ゼファーの小さな背中に担がれながら、エイダはオイルをこぼす。
リアクターの一部を、鉛玉が貫通していた。
立ち寄った街で、エイダは保安官のプロキシーを持つ同族と出会った。
すぐさまリボルバーを抜き撃ちしようとしたエイダだったが。
エイダと保安官の間には、おり悪くゼファーがいた。
エイダは、引き金を引けなかった。
保安官は、引き金を引いた。
それだけのことだった。
吹き飛ばされたエイダに、いち早く駆け寄ったのはゼファーだった。
復讐者であるゼファーの存在を認知して、保安官に一時的な機能不全を起こす。
その隙にゼファーは、エイダを引きずって、その場から逃げ出したのだ。
「私が馬鹿だった、保安官を殺さなきゃいけなかった。私は君に、殺されなけりゃいけなかったのに」
「黙って」
「それが、プロキシー・コードの正しさなのに」
「黙れって言ってるでしょ……!」
ゼファーが叫ぶ。
初めてリボルバーの扱いを教わった時と同じように響く、エイダのリアクターの音。
だけれどそれは、一瞬ごとに弱々しくなっていく。
「あなたはあたしが殺すのよ」
「いま……そうしてくれないか……」
弱々しい声音とともに、ゼファーの手に、なにかが押し付けられた。
冷たい鋼鉄。
鈍色のリボルバー。
ゼファーの背中から、エイダは滑り落ちる。
オイルの跡を残しながら這いずり、近くの岩に寄りかかって、小さく笑う。
「撃鉄を起こして、カチリと言うまで」
「できないわ……」
「隙間を覗くように、照準を合わせて」
「できない」
「できるさ、私が教えたんだもの──さあ、トリガーを、引いて?」
「──ッ!!」
荒野に絶叫が、残響する。
遠く、近く、どこまでも、何度も──
§§
保安官が正常な機能を取り戻し、その場に辿り着いたとき、同族はすでにこと切れていた。
保安官は、機能を停止した二体のプロキシー・コードを確認する。
そのプロキシーは〝恋愛〟──
エイダとゼファーは、最後まで本来のプロキシーに気が付くことはなかった。
気が付かないまま、世界に反し続けた。
だからこれは、残酷で、間違った──
──不道徳な恋愛だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます