第5話 相応の処分がなされることを期待致します

『辛かったね』


 そう言えば昨夜、おぼろげさんのメッセージに続きがあったのを思い出した。


『でもね、きっと辛いことばかりじゃないと思うよ』


 ウソばっかり。この学校にいて辛くないことなんて一度もなかった。ううん、館林先生の授業だけは辛くなかった。でも私がそう感じてからすぐ、館林先生は学校に来なくなってしまった。そんな愚痴をおぼろげさんにぶつけても仕方ないけど、このままでは館林先生はあの意地悪な校長先生や小仏先生にいじめられてしまう。


 館林先生はまだこの学校に赴任ふにんしてから四年くらいしか経ってないって言ってたから、陰湿ないじめに遭ったらもう二度と学校には来られなくなるかも知れない。そうなればまた私は辛いだけの学校生活を送らなければならなくなる。館林先生のことを知らなければきっとこんな気持ちにはならなかっただろう。でも知ってしまった以上どうしようもない。校長室の前にたどり着いた私は、ノックもせずに勢いよく扉を開けていた。


「館林先生!」

「な、なんだ?」


 物凄い音がしたので部屋の中にいた校長先生と教頭先生、それに小仏先生と館林先生、あとスーツ姿の知らない男の人全員が一斉に私の方に振り向いた。この男の人、そう言えばさっき館林先生と一緒に歩いていた気がする。さして気にもとめなかったけど誰だろう。少なくともこの学校の先生じゃないことだけは確かだ。


「やあ櫻丘さん、ちょうどよかった」

「あ、あの……館林先生……!」

「君が櫻丘さくらさんだね?」


 私が館林先生の姿に目を潤ませていると、その知らない男の人が柔らかい物腰でにこやかに語りかけてきた。どうして私の名前を知っているのだろう。


「私はこういう者です」


 呆気に取られていた私に、その人は名刺を差し出してくれた。反射的にそれを受け取って見てみる。


「べ……弁護士……野中のなかとおる……弁護士さん?」

「はい。初めまして」

「は、初めまして……」


 どうして弁護士さんがこんなところにいるんだろう。自慢じゃないけど私はお巡りさんの次くらいに弁護士さんが怖い。だってテレビとかで見る弁護士さんってすごく頭の回転が早くて、何を言っても言い返されるイメージなんだもん。


「さて、期せずして関係者が揃いましたので、これから皆さんにお話しを聞かせて頂きます。なお、ご自身が不利になることはお話し頂かなくても構いませんが、嘘を言われますと後々皆さんに不利益になることがあるかも知れません。その点、よろしくご考慮下さい」


 そう言うと弁護士の野中さんは私を含めた全員の顔を順番に見つめた。


「ではまず小仏先生、この学校の裏サイトというのはご存じですね?」

「え? あ、はい。知っております」

「ではここに書き込みをされたことはありますか?」

「い、いや、その……」

「ありますか? ありませんか?」


 何故かしどろもどろになった小仏先生は私の顔をちらちらと見ていた。


「い、言えません」

「なるほど、黙秘というわけですね?」


 野中さんが殊更ことさらに黙秘という言葉にアクセントを置いて訊ねる。小仏先生はそれにビクッとして目を泳がせていた。額には汗がびっしょり。どうしてそんなことで焦っているのだろう。


「小仏先生はIPアイピーアドレスというものをご存じですか?」

「は、はい、言葉だけは……」

「このサイトの管理人に情報提供を要請したところ、犯罪捜査ということでこころよく応じて頂きましてね。それでこの書き込みとこれ、それからこれなんかも同一人物によるものだということが分かったんですよ」


 言いながら弁護士さんが指し示したのは、主に私のことを誹謗ひぼう中傷ちゅうしょうしている書き込みや、私と館林先生の変な噂の書き込みだった。それってまさか、今学校に流れている噂は小仏先生が発信源ってこと?


「そしてこのIPアドレス、これは小仏先生がご契約なさっているプロバイダーのものでした。プロバイダーにも書き込みがなされた時間にIPアドレスが割り当てられていた契約者は小仏先生だということを確認済みです」

「そんな……酷い……」


 私は絶句した。まさか担任の先生が私をおとしめていたなんて。


「し、知らん! 私は知らんぞ! 誰かが勝手に私の家のパソコンを使って……」

「ではすぐに被害届を出しましょう。警察には私から連絡致しましょうか?」

「け、けいさ……待ってくれ、何もそこまで大事おおごとにしなくても……」

「黙らっしゃい! あなたはこれでそこにいる十四歳の女の子の心に酷い傷を負わせたのです! それを大事おおごとと言わずして何と言いますか!」


 急に野中さんが大声で怒鳴ったせいで、私はビクッと肩を震わせてしまった。その肩を館林先生が優しくぽんぽんとしてくれる。校長先生のいやらしい手つきと違って、本当に温かくて優しい感じだった。


「さて校長先生、この件は教師による生徒への重大な違法行為です。まして相手は未成年、相応の処分がなされることを期待致します。よろしいですね?」

「は、はい!」

「次に校長先生、あなたにもお聞きしたいことがあります」


 そう言うと野中さんは館林先生からタブレットを受け取り、画面を校長先生の方に向けた。

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