第3話 辛かったね

 学校中に噂が流れていた。仲のいいクラスメイトがいない私がその噂を知ったのは、館林先生が学校に来なくなってから三日も後だった。噂とは私と館林先生に関することだったのである。


「櫻丘さん、正直に話して下さいね」


 私はその日、校長室に呼ばれていた。そこには校長先生の他に教頭先生と小仏先生もいた。


「何でしょう?」

「あなたと館林先生の関係についてです」


 私と館林先生の関係って何のことだろう。全く思い当たることがなかったので不思議な顔をして黙っていると、教頭先生が手にしていたノートパソコンの画面を開いて見せてくれた。


「これは学校の、いわゆる裏サイトと呼ばれる掲示板なのですが」


 私に向けられたのだから画面を見てもいいんだよね。そう思ってのぞき込み、しばらく掲示板に書かれた内容を見て私は愕然がくぜんとした。


『痣苦羅と盾場矢死ってヤッるらしいぜ』

『聞いた聞いた』

今北いまきた

『盾場矢死最近来てねえけどそのせい?』

『学校にバレたんじゃね?』

『痣苦羅妊娠?』


 痣苦羅とは私のことで、盾場矢死とは館林先生のことだとすぐに分かった。わ、私妊娠なんてしてない。妊娠するようなこともしてない。


「これが何なんですか!」


 私は怒りのあまり大声を上げていた。こんな根も葉もないことで私は校長室に呼ばれたということなのか。


「いえ、これが事実なのかどうなのか……」


 教頭先生は私の剣幕に少したじろいだようだ。


「アザクラ、正直に話せ。そうすれば学校としても力にならないこともないぞ」


 言ってきたのは小仏先生だ。言葉だけは優しそうに思えるが、その表情には悪役がほくそ笑んでいるかのような醜いしわが出来ている。


「小仏先生、アザクラというのは誰ですか? 私は櫻丘です!」

「お? おお、すまんすまん、櫻丘だったな。それでどうなんだ? 館林先生とは」

「呆れて言葉もありません!」

「認めるということだな?」

「どうしてそうなるんですか! ここに書かれていることは全部デタラメです!」

「まあまあ櫻丘さん、落ち着いて」


 小仏先生に挑発されたと感じてヒートアップした私を、校長先生が穏やかな声でなだめてきた。


「館林先生が休まれて連絡が取れないので、あなたにこうして話を聞くしかないのです」


 そう言って校長先生は私の肩に手を回す。どうでもいいけど手つきがイヤラシイんですけど。あと口臭いです、校長先生。


「アザクラ……櫻丘、お前はここにあることが全部嘘だって言うんだな?」

「さっきからそう言ってます!」

「櫻丘さん、そう怒らないで」


 私は耐えきれなかったので校長先生の手を振り払って叫んだが、校長先生はこともあろうになだめるふりをして私を抱きしめようとした。もちろんそんなことさせるわけがない。でもこれってセクハラとかそういう行為だよね。それにさっきから妙に鼻をすんすんしてるから、あれきっと私の匂いとか嗅いでるんだよ。気持ち悪い。


「実は館林先生には電話だけではなくてメールなどでも連絡を取ろうとしているんだけど、全く梨のつぶてでね。君、すまないが館林先生に連絡を取ってくれないか?」

「どうして私が連絡取れる前提なんですか? 私は館林先生の個人的な連絡先なんて知りませんから!」

「このままだと館林先生は立場的に非常にマズいことになるんだよ」

「そんなこと言われてもどうしようもありません!」


 こんな押し問答が三十分も続いて、ようやく私は校長室から解放された。今思うとこのやり取りをスマホで録画しとけばよかったと後悔してしまう。特に校長先生のあの気持ち悪さったらなかった。私をビッチだとでも思っているのか。腹立たしい。


 その日私はやり切れない思いと悲しさから、そのまま学校を早退することにした。こんな時は帰っておぼろげさんの小説でも読むしかない。そうしてお気に入りの作品を読んだ後、私はまたおぼろげさんに個人メッセージを送っていた。今日あったことを、誰かに聞いてほしかったからである。するとおぼろげさんはすぐに返信メッセージをくれた。


『辛かったね』


 何故かそのたった一言に、私は涙が止まらなくなった。

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