第454話
その言葉を聞いた瞬間、ノワールの時間が数秒だけ止まった。
それは、全くの予想外の言葉だったからだ。
このまま破壊される以外に道は無いと思っていた矢先、話し合いという想定の外を持ち出してきた。
ノワールは思わず目を丸くした。
「…………えっ?」
「少し、お前と話がしたい。いいだろ」
彼の言葉からは、嘘偽りや騙しの意図は全く感じない。むしろそんな要素は一切感じ取れない。
その真っすぐぶりは、戦いの中でも自然と認識できるものではあった。
ノワールは戸惑いながら、両腕で己の身体を浮き上がらせ、吹き飛んだ断面部を床と密着させた。
多少ズレてはいるものの、大我との目線はこれでほぼ並んだ。
「…………ずっとさ、戦ってる時も、その前も、なんか引っかかってたんだ。お前が言ってた事がさ」
「…………何の話だ」
「消えたくない、消されたくないって。世界を塗り替えるとかもさ。お前をそういう方向に突き動かす理由はなんなんだって、もやもやしてたんだ」
「……戦いの中でそんなことを考えるなんて、余裕だな」
「どうしても気になって離れなかっただけだよ。それでさ、お前が聞かせてくれた生い立ちも含めて、頭の端っこで考えてたんだ。もしかしたら、自分の苦しみを、自分の恐怖を打ち明けられる相手がいなかったんじゃないかって」
「…………!」
ノワールは、思わず目を開いた。
そんなこと、思考の中に入る余地も無かった。
そういえば、自分には家族や友達、仲間と言える繋がりは一つとして存在していなかった。
何千年にも及ぶ時を一人で過ごし、憎悪の渦中で生き続けてきたのだ。
自分と同じような、電脳世界で偶発的に生まれた奇跡的存在など他にいるわけもなく、感情をひたすら孤独に処理し続けるしかなかった。
いつ消されるかわからない恐怖と煮詰まった怒りは、そんな永遠とすら思えてしまいそうな場所で醸成されたのだった。
フロルドゥスも、セレナも、仲間だと思ったことはない。ただ利用する為の兵器要員だ。そもそも彼女達も、自分には従うだけでそのものへの興味を抱いているわけではない。従うことと相手を一人の人物として見ることは全く違うもの。
何千年もの時間を、アリアから世界を奪い、ひっくり返し、自らの存在を確立する為に費やした彼女からは、もう誰かと一緒にいるなどという概念は、ただの知識上の存在に過ぎなかったのだ。
「……考えてみたらさ、相当きつい事だと思う。こんなこと言っても、お前の何万分の一もわかったことにはならないだろうけどさ。でも、ほんのちょっとだけはわかる。俺も、この世界で目を覚ましてからは、少しの間感じたことがあったんだ。そんな気持ちをさ」
「お前が、ただ一人の人間だからか」
「────そうだな。本当はもっと昔の時代に生きてたはずの。でも俺がいるのは、気がつけば新世界だったんだ。今じゃ、たった一人の人間だ」
蘇る、知っているけど知らない、見知らぬ世界にて目覚めた思い出。
良くも悪くも大きく変わった、変わり過ぎた彼の人生。
誰かの話を一対一で聞くことが今まで無かったノワールは、初めて対等に、大我の話に耳を傾けた。
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