第455話

「……母さんと父さんが、俺を真っ先にコールドスリープで避難させてくれてから、目覚めるまで相当な時間があった。避難場所から出てから、俺はしばらく彷徨ってた。何もかもわけもわからずさ、フラフラでまともに歩くことも難しくて。家族で一緒に逃げてきたのに、外出たらいつの間にか自然だらけだよ。見たことのないイノシシにも襲われてさ。弱った身体で逃げ続けて、ようやく出会ったのがティアとアリシアだった。そん時は本当にビックリしたよ。あのエルフが目の前にいたんだからさ」


「だろうな。あくまでお前達にとっては、空想上の存在だったんだから」


「二人共本当に優しくてさ、初対面の俺のこと、守りながらアルフヘイムまで連れてってくれたんだ。それがなかったら、もうとっくの昔に死んでただろうな」


「……良い出会いに恵まれたんだな、お前は」


 それを口にしたノワールの表情は、彼の過去の出会いを祝福するように微笑んでいながらも、どこか羨むような後ろ暗さが大きく含まれているようだった。


「つっても、その後が色々とビックリしたけどな。ここに入るように連れてこられたと思ったら、案内してくれてたサリナって人がいきなりアンドロイドみたいになってさ。それで奥まで行ったらこんな中身だろ? 外側めちゃくちゃでかい樹だったのに。もうわけわかんなかったって」


「少なくとも、お前の時代にはそんなものなかったものな。それで、奴と出会ったわけか」


「ああ。アリアの野郎、出合い頭に水着姿で出てきてさ。今でもそうだけど、本当にデリカシーがないっつうか……」


 ずっと警戒心を固め、恐怖と敵対心に凝り固まっていたノワールの表情が、少しずつ柔らかくなっていっている。

 そんな雰囲気が、ほんのちょっとだけ醸し出され始めてきた。


「そこで色々知ったんだ。この世界のこと、もう俺の知ってる世界は滅んだこと……俺の知ってる人達はもういないんだってことも。その時はもうわけわかんなくてさ。自分で神様だっつってるのにいきなり土下座とかしだしたり。壊れた携帯からエルフィを生み出してくれたりさ……情報一気に浴びせかけて、卑怯だよな今思えば」


「確かにな。そういうところでも、奴は人の気持ちがわかってないんだろうな」


「はは、同感。……でも、そん時はまだ色々と、頭の整理がつかなかったんだ。あんなに知ってる周りの人達と変わらないのに、俺とは全然違う存在なのかって。どこからどうみても機械には見えなかったのにって。最初の頃はどんなに優しくされても、気遣ってくれても、たまに孤独を感じることもあったよ。その頃の事は、本当にみんなに申し訳なかったって思ってる」


 この新世界で目覚めて間もない頃を思い出し、少しだけ影のかかった大我の顔。

 気丈に振る舞ってはいても、彼はまだ、ただの一人の人間少年。突然全てを失い、元の場所を上書きした世界に取り残されても、それが出来るだけで彼の心はとても強かったのだ。

 そして、彼の物憂げな顔は、すぐに晴れた。 


「けど、すぐにわかったんだ。みんな同じ、変わらないって。そりゃ、俺以外のみんなは機械で出来てるんだろうけど、だからどうしたんだって。俺が生身で向こうが機械だからって、向けてくれたいっぱいの優しさや気持ちが変わるわけじゃないんだって。それからは、そういういらない考え事もしなくなったな」


 ノワールは、彼の話をしっかりと聴き続けているうちに、二つの想いが巡った。

 一つは、本当にこの少年は素晴らしい出会いに恵まれたのだという想い。死と隣り合わせで、誰に遭遇するかもわからない状況で、大我は、まだユグドラシル内にいるエルフの少女と、最強のエルフの妹に出会った。

 まるで天の思し召しの如く、運命が引き合わせたのかもしれない。電子的な存在でありながら、ノワールはそう思った。

 もう一つは、羨望だった。自分にはそんな出会いすらない。それが起きる世界ですらない。いつ消されるかも、見つかるかもわからない日々が続き、常に安寧の時は訪れない。

 そんな過去が、より強く、羨ましい、妬ましいという気持ちを強めた。

 しかし、そんな負の感情を逆撫でしそう、ということも、大我は重々承知している。

 その上で彼は、一つの質問をぶつけた。


「────ノワール、お前は……この世界を乗っ取ってようやく生きられた後、何がしたかったんだ」


「それは! 私は、アリアを倒して、新たにこの世界の管理者になって、それから奴の事を踏み躙ったあとで、実同じように世界を管理して、それで…………あれ?」


 ノワールは言葉に詰まった。世界の管理者に成り代わり、同じように世界を管理する。

 だけど、本当にそれが最終的な目的だったのだろうか。

 何か、ずっと抱いていた一番大切な願いを忘れている気がする。ずっと願ってやまなかった、大きな望みが。


「──────そうだ。私は……あの電脳世界から出たかったんだ。アリアに消される恐怖の無い、自由な現世界に」

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