第434話

 スペックが違いすぎる。この状況を言い表すならばそれが最も適当だった。

 現在最も新しい機体と言っても過言ではないノワールは、あらゆる状況に対応出来るように最初から設計されており、肉弾戦も魔法も、武器を用いた牽制戦にも的確に対応可能。

 それも全ては、世界樹ユグドラシルと繋がっているが故の力。今の彼女には付け入る隙が見られない。

 その戦闘力からは、必ずこの世界に抗ってみせるというノワールの強固で強靭な意思が感じられた。


「うう……だ、大丈夫……! これくらい、なんともない……!」


 ティアは自らの足で立ち上がり、再び剣を握り締める。

 かつてこれ程までに強大で、存在そのものが遠いような敵と戦ったことなどなかった。

 今にも足が崩れ落ちそうになる。衝撃の余波がまだ残っている。

 それでも、ティアの心はそれらを全て跳ね除け、戦う意志を強く持った。

 大我は未だ心配こそするが、彼女の言葉と力強い瞳を見て、それを投げかけるのは野暮だと感じた。

 まだ俺達は戦える。そもそもまだ戦いは始まったばかり。早々に折れてなどいられない。

 戦意はより強く、ノワールへと向けられる。

 

「予想はしてたが、いざあんなとんでもねえ強さを見せつけられると、多少はビビっちまうな」


「あの強さは認めざるを得ません。ルシールの身体を借りているだけの私では、到底敵わないでしょう」


 本来のボディならば。そんな例えばの話が浮かび上がってしまう程に、今のアリアとノワールの差は歴然。

 直接ぶつかれば確実に負けてしまう。だから今は後方支援に徹するしかない。

 その歯がゆさを、アリアは噛み締めていた。


「それに、現在ノワールはユグドラシルと繋がっています。それはつまり、実質的に無限の魔力と戦闘力を身に着けているに等しい。ここが閉鎖空間かつ世界の中枢でなければ、勝ち目すらなかったでしょう」


 その言葉に、本来聞こえる距離にいないはずのノワールは、わかっているじゃないかとばかりにほくそ笑んだ。

 

「その通りだ。さすが元々の持ち主はよく理解っている」


 離れているはずなのに会話がはっきりと聞こえている。

 それはつまり、声でのやり取りは全て筒抜けということ。世界樹の中では、備え付けられた集音装置が細かく音を拾っていく。

 ほんの些細な、わずかな会話も彼女にははっきりと聞こえている。

 と同時に、この場所で求められる戦い方を、アリアは示唆していた。


「じゃあどうするよ。何か手はあるのか」


「……エルフィ、ティア、こちらへ」


「小賢しい真似をさせるか!」


 アリアは両者を招き寄せ、そっと両手を伸ばして触れようとする。

 だが、そんな露骨な何かを見逃すわけもない。

 わずかでも有利になるような事象は摘み取るべきと、ノワールはアリアの頭上にマナの氷柱を無数に生み出した。

 間もなく手が触れるという寸前で、降り注ぐ剣の如くそれは放たれた。


「うおおおおおおおおおおお!!!!」

  

 それを全力で叩き潰しに行ったのは大我だった。

 彼は一撃命中すれば身体が貫かれるような鋭い氷の凶器を、己の拳でかち割ったのだ。

 裏拳、手刀、ハイキック、片手ハンマーなど、一発、また一発と、全神経を研ぎ澄ませて最も近づいてきている氷柱を殴り割る。

 時に同時に飛来するそれには、指輪を輝かせ拳に火花を散らす。

 本能的な直感とこれまでの経験が生んだ最適解として、大我の拳は氷柱を叩き壊すと同時に爆発を生じさせ、衝撃によってまとめて破壊した。

 

「…………驚いたな。怖気づくこともなく、ここまで見事に立ち向かうとは」


「もっときつい奴等に一人で戦ったからな。こんなのもう屁でもないっての」


 戦いと縁がなかった人生を送るはずだった大我の日常はすっかりと変わり果てた。

 彼の身にはもう、死と隣り合わせの世界が身に染み付いている。

 しかしそれを彼は後悔していない。自分にとって、大切なモノを守る為の力と変化なのだから。

 砕けた氷の粒が空気に散り輝く中で、わずかな時間を要したアリアの伝言が終わり、助けてくれた大我に近づく。


「ありがとうございます、大我さん。助かりました」


「行けるのか、ティア」


「大丈夫、私達が何をやるべきかは神様が教えてくれた。けど……」


 大我の奮闘の間に行われたこと。それは、アリアから直接、対抗策を電子頭脳に送信することだった。

 口頭で伝えることのできない今、同じ機械同士かつ、対ノワールへのプロテクトを施した者同士でしか秘匿の会話は不可能。

 機械同士だからこそ可能なやり方で、現状の打開策を大我以外に共有したのだった。

 それ故に、大我はその内容を知ることはできない。


「大我」


 エルフィは一言だけ名前を呼んで顔を見つめた。

 そこには、言葉に出さずともわかる「信じてくれ」の五文字が意思を通して伝わってきた。

 今更そんな野暮なことを言う必要はない。エルフィも、ティアも、ずっと一緒に過ごし、戦い、暮らしてきたのだから。


「──わかってるよ。何れにせよ、俺は俺のやれることやる。思いっきりぶつかってやろうじゃねえか」


「そう来なくっちゃな!」


「うん!」


 信じられる仲間がいるからこそ、言いたいことは自然と伝わる。新世界であってもそよ優しい法則は変わらない。

 彼らの闘志はまだ尽きていない、戦いはまだ始まったばかりだ。 

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