第430話
それを耳にした瞬間、ティアはこれまで生きてきた中で最大の驚愕と共に青ざめた。自分達が信じ願っている神様が、過去にそのような事を。
それをアリアも、エルフィも、そして大我も一切否定する気配はなかった。
この場の空気を掌握したと確信したノワールはさらに話を続けていく。
「元々彼は、本当に何でもないただの人間だった。そしてアリアは、彼と同じ人類によって創られた知性だ。人類と共に歩むように、より発展するように役目を与えられた。だが、こいつはそれを全てひっくり返した」
「ひっくり返した……?」
「人類への大虐殺を始めたんだよ。一人残らず殺す為に。そして、現在私が解放しているような兵器群やB.O.A.H.E.S.等を作り上げ、本当に人類を根絶やしにしてしまった。ティア、いわばお前達はその兵器の子孫だ」
まるで世界の認識の全てをひっくり返されるような言葉が次々と、ノワールの口から漏らされていく。
誰も今はそれを止めることはできない。そして事実であるが故に、否定することもできなかった。
「エルフと人間だから違う種族……というわけでもない。そもそも根本的にお前達と大我は違う存在だ。生身ですらない。身体の構造から何もかも違うんだ。だからこそ、お前達がバレン・スフィアと呼ぶそれを打ち破ったのだから」
「本当なの……大我……?」
恐る恐る、それが事実なのか惑わせる嘘なのか、大我に聞くティア。
大我はゆっくりと、重々しく、小さく頷くことしかできなかった。
今更もう、この場では隠し通すことなどできやしない。下手に隠そうとすれば、ノワールはあの手この手でデータベース内に保存されている映像を開放して見せつけていくだろう。
これが一番、ティアのことを傷つけない選択肢。大我はそう思った。
「はらわたが煮えくり返るだろう。家族を、友を、自分達の世界を塵に還しておいて、こうしてのうのうと世界の住人ヅラをしている。理不尽に全てを壊され、気がつけば世界は何もかも変わっている。そこに人類の居場所は無いも同然。生きていたのは途方も無い奇跡。だがどこまでいっても一人でしかない…………そうだろう」
ティアの剣を握る手が震える。自分達のルーツを意図せず教えられ、しかもそれが一緒に暮らしてきた相手の全てを破壊した存在だったなんて。
言葉が出ない。優しい彼女だからこそ、感情がもみくちゃに乱れていく。
とても遠い昔の出来事だとしても、今にも大我に謝りたいくらいに、気持ちがどうしようもなくなりそう。
ティアは、出会ってから共に過ごし思いやってきたからこそ、握り潰されんばかりに胸が締め付けられた。
「さあ、私と共に行こう、大我。滅ぼされた人類が復讐する時だ。私は君に寄り添おう、怒りを抱く者として」
「………………」
「アリアを破壊した後は、君の望むように世界を作り変えてもいい。君が生きた世界をまた再現してもいい。このサーバーには、過去の世界すべてが詰まっている。元来、ロボットは人間に隷属する存在だ。たとえどれだけ人間らしく振る舞うようになっても、それは人間にはなり得ない。そのフリをした機械人形でしかない。ならば、人間に世界が取り戻されるべきじゃないか? 私はアリアに成り代わり、世界を管理することもできるが、全権を君に渡してもいい。アリアが居なくなりさえすれば、私はそれでいいんだ。望むなら君にも従順に従おう……どうだ」
数秒の間、静寂が流れた。
大我は改めて向けられた、世界の全てを与えようと言わんばかりの誘いに対して、言葉を返さずに俯いていた。
そして、一歩、また一歩と前進した。
「大我さん!」
「大我……」
「おい大我……?」
ノワールは確信した。やはり復讐心が奥底で燻っていたのだと。
だからこそ、この誘いには乗る。全てを無に帰した人類への反逆者とその副産物達には、仕返しをせずにはいられない。
ならば、彼はこちら側につく。思わず小さく口角が上がった。
ティア達は、足を踏み出す大我に心を揺らされた。
彼のことは心の底から信じているが、それでも気持ちが傾くのも無理はないと理解できる。
それだけの残酷で凄惨な出来事が降りかかっていた。それこそ、その元凶がすぐ側にいるのだから、復讐に身が寄るのも一つの結果として考えられた。
「………………確かに、アリアの野郎はまたぶん殴っておきてえよ」
だが、大我の歩みはすぐに止まった。
「いきなりここに誘い込んだと思えば、こっちの気持ちもわかってねえようなことばかりやって、今更謝られても、もう遅すぎるってのに……人の気持ちをなんだと思ってやがんだってことも何回も何回もやって……正気かお前はって事も何度もあったよ」
「…………ん?」
ノワールの笑みは失われた。何かがおかしい。言葉こそアリアへの敵対心を見せているが、そこに憎悪や怨恨は感じられない。
「────けど、それとこれとは話が別だ」
ノワールに向ける大我の眼は、お前だけは必ず倒す、という敵対心に満ちていた。
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