第405話 共に在る未来 4

「はあああああっっ!!」

 

 ティアの周囲に吹き荒ぶ風がうねりを上げる。

 そして、彼女の剣にそれが集められる。

 空間を斬り裂くように刃が振り降ろされると、再び風の刃が大我に向けて放たれた。

 刃は地面を抉るように突き進み、塵と共に整備された足元を削り取る。

 それは先程向けられた一撃よりもさらに強いものだった。


「どこまでも……どこまでも……!」


 大我の拳に、溶岩の脈動のような力が込み上がる。

 その場の激情が、彼の力を奥底から引き出した。

 右腕に纏うマナのバリアを厚くし、右手にマナを紅く輝かせながら寄せ集める。

 より、指輪の輝きが眩くなる。 


「人を怒らせやがるんだァ!!!」


 大我は真正面から、向かい来る風の刃に裏拳を払うように叩き込んだ。

 魔力によって生じた魔法攻撃同士の衝突。

 地響きのような空気の振動と共に爆裂音が鳴り響き、黒煙が大我の周囲に巻き起こった。

 同時に爆風によってそれは吹き飛ばされ、傷一つない大我の姿が再び表れた。

 骨にも響くような衝撃を受けた彼の拳は、痛みと怒りに小刻みに動いている。


「いってぇ……!」


 不快感が湧き上がり、手の痛みがいくらか誤魔化される。

 無理矢理目の前の事を歪めて、自分が失ったと思っている相手と無理矢理戦わせて、そんな悲しいことがあるのか。

 この戦いに意味があるのか。ひたすら無意味に傷が重なっていくだけでしかない。

 歯を噛み締める強さが、さらに強くなっていく。


「……強い。だけど、必ず倒してみせる!」


 ティアはもう一度、剣に、全身に風を纏わせる。

 このまま正面から倒すならば、なんとかなるかもしれない。

 アリア=ノワールによって刻まれた強さは確かに相当なものだが、大我にとっては絶望するほどではない。手に届くであろう強さだった。

 しかしそれは、相手がティアでなければの話である。

 彼女の姿が、声が、心の底からの悲壮な決意が、攻撃の手を鈍らせる。

 いや、おそらくそれが無くとも、彼は手を出さなかったのかもしれない。

 だが、少しずつ傷が積もれば避け続け逃げ続けることは敵わない。

 必ずどこかに致命的な瞬間が訪れる。

 一体どうすればいいのか。その時、エルフィによって一筋の光がもたらされた。


「……大我、俺に任せてくれ」


「エルフィ……?」


「俺はアリア様から生まれた。そして、あいつがティアに施したプログラムは、アリア様の使用コードを殆どそのまま流用して作られてる。おそらく、乗っ取ったばかりだからだろうな」


 大我は現在、電子戦に対しては完全に門外漢である。

 直接電子頭脳に干渉するには、幻惑魔法や洗脳魔法を使える者や、まさしく相手を機械として認識し手を加えられる者でなければならない。

 エルフィは現世界の創造主から生まれた存在。やろうと思えば、この世界におけるほぼ全ての魔法を使うことも可能なのだ。

 しかし、この世界の住人として、一部の魔法や行動も自ら、当然のものとして制限してきた。

 先程行ったハッキングも、ただティアのデータを閲覧する程度に抑えている。

 だが、もうそんなことは言ってられない。

 何より、ずっと一緒にいた二人が、長い時間をエルフィと共に過ごしてきた傷つけ合うのに耐えられなかったのだ。


「大我、時間を稼いでくれ。俺がなんとかする。俺がティアを絶対に元に戻す」


 エルフィの表情には、先程よりさらに強い決意がこもっていた。

 今更、それに言葉で応対するまでもない。小さく頷き、ティアのことを見据える。

 それぞれの気持ちは同じだったからだ。

 絶対にティアを取り戻す。そして今できることに全力を尽くす。

 それぞれに静かに構え、共に再び近づくべく息を整えた。

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