第404話 共に在る未来 3

「あの野郎……!!」


 大我の胸の内の怒りが、握り拳となって現れる。

 大量の偽物を作るだけでは飽き足らず、本人までも利用し無理やり戦わせようと言うのか。

 ティアが一体何をした。そこまでされなければならないことをしたのか。

 だが、その怒りのぶつけ先はまだここには無い。

 今自分がやるべきことは、どうやってティアの目を覚まさせるか。大我はそう考えていた。

 少なくとも、自分達のことを忘れているわけではないということだけでも、大我には一つの安心の材料でもある。

 しかしそれに連なり別の疑問も残る。ならば、なぜ目の前にその人物がいるのに認識しておらず、敵意を向けて敵対しているのか。

 今の材料からある程度の予測は立てられそうだと、大我の脳内ではほんの少しだけその芽が生えるが、今それだけの考える余裕は残っていなかった。

 そしてその考察は、エルフィも同じだった。


(これは絶対におかしい。大我が目の前にいるのに、それがわからないなんてあるわけがねえ。あいつ、何か仕込んでやがるのか……)


 大我の言葉に同調し、ティアのでんしずのうへと探りを入れ始めていたエルフィ。

 破損しているデータや、削除、改変されているデータなど、様々な方面からアプローチをかけて、その原因を見つけようとする。

 しかし、そうしている間でも、リアルでの状況はまた変化していく。


「風の刃よ、私に力を!!」


 騎士の誓いの如く、目を瞑り祈るように剣を掲げるティア。

 刀身の周囲に風が巻き起こり、周囲の塵が動き出す。

 そして、それを一気に振り下ろすと、まるで実体化したかのような風の刃が放たれた。


「!!??」


 大我は本能的に察知した。これを喰らうのはやばい。今の状態では受けることは最大の悪手。

 脳裏に浮かぶ鮮明な光景。真っ二つに己の身体が千切れるか、それとも斬撃痕をなぞるように噴血し倒れるか。

 初めて目に入れた、本来身につけていないはずのティアの攻撃。大我は足元を爆発させて大きく横に吹っ飛び、斬撃の範囲外へと脱出した。

 刹那、大我とエルフィへの突風が吹く。

 それは自然の気まぐれではない。刃が近づく合図だった。


「やあああああっっ!!!」


 まるで鎌鼬のような速度で一気に距離を詰めたティアの力の籠もった刃が、さらに大我へと向けられた。

 手元をわずかな時間で観察し、剣の軌道を読んで、大我はなんとかそれをかわした。

 しかし、間髪入れずに横ぎりの二撃目が放たれた。


「ぐっ……!」


 斬撃の度に肌に風を感じる。

 追い風が彼女の斬撃を速めているのか、それが大我の身体能力と反射神経と勘に追いつき、彼の頬に傷をつけた。

 だが、それで怯む男ではない。大我は痛みに耐えながら歯を食いしばり、懐から飛び出し距離を離した。

 一瞬、身体が反射的に反撃を加えようとするが、それを必死に理性で抑え付け、チャンスが見えたとしても手を出さなかった。

 

「ティア! 俺がわからないのか!! 俺がアルフヘイムに来てから、ずっと一緒にいてくれただろ!? 俺を、大我のことを!!」


 大我は魂から声を張り上げ、ティアに訴えかけた。

 だが、ティアから帰ってきた答えは、彼の予想とは外れたものだった。


「黙って!!! あなたのどこが!! 大我なんですか!! 大我のことを何も知らないくせに、彼の名前を出さないで!!!」


 大我の目が大きく開かれた。まるで時が止まったようだった。

 まさか、ここまで近くで見ていながら、自分だとわかっていないのか。

 そこに、ようやくティアの解析結果の一部が導き出されたエルフィが声を張り上げた。


「わかった! わかったぞ大我!! ティアは今、五感が改竄されてる!! お前の顔も声も、あいつには見えてない! 何か別のものに見えて聞こえてるんだ!!」

 

 それを耳にした瞬間、大我は瞬時に足元の爆破からバックステップで距離を離し、たった今頭の中に入った情報を思考に溶かした。

 ティアも機械である以上、そのようなデータ改竄といった芸当をぶつけられるのは当然ではあった。

 しかもそれが、現世界最高位の人工知能の力を持った者からとなれば、そこから生まれた者はまず抗えないだろう。


「どうして逃げ続けてるんですか。私に攻撃してこないで」


 今、ティアへ心の底から叫んでも、涙を流して訴えかけても、届く事はない。

 アリア=ノワールによって加えられたフィルターが似ても似つかない何かへと歪め、大我の存在を消し去っているのだ。


「惑わすようなことを言い続けて、一体何を企んでるんですか……あなたのような者が、大我を騙るなんて、絶対に許せない」


「…………っ……!!」


 ユグドラシルを前に立ちはだかった最大の壁。

 その試練は、敵の強さからではない。最も卑劣で狡猾な形で牙を剥いてきたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る