第384話 騎士の矜持、憧れへの道筋 3

 リリィは部下の言葉を聞き入れたかのように、一旦動作を止める。

 だがそれは、彼女の身に起きた何かを話す為ではない。視界内に映る敵を再度認識し、沈黙までの最適解を導き出すためだった。

 彼女の電子頭脳内にある過去の行動データ、エミルの行動パターン、技の種類、威力、それらを総合し、この先の攻め手を作り出す。

 そこに騎士としての誇りや騎士道のような物は無い。

 ただ機械的に、マスターであるアリア=ノワールに与えられた命令に従い、敵だと組み込まれた目標を殲滅するだけである。

 リリィは再び剣を構え、真っ直ぐエミルを見据えた。


「行動パターンの最適化が完了しました。戦闘を再開します」


 その言葉は、エミルの求めていた返事からはかけ離れすぎている程に遠いものだった。

 わずかにでも対話を、なぜ敵対したのかを、せめて少しでも憧れた者の意思を聞きたかったが、それすらも敵わなかった。

 心苦しいながらも、エミルはこの時に確信した。今の団長とは対話そのものができない。何を聞いても、何を口にしても一方的にこちらに刃を向けるだけ。

 ならば、全てはこの戦いに勝利しなければ始まらない。

 今まで彼女に勝ったことはないが、刃が届いたことはある。

 過去に積み重ねた戦いの数々、リリィと共に研磨した日々を手に込め、祈りと共にフランヴェルジュの刀身を紅く光らせた。


「全ては決着の後……フランヴェルジュ、力を貸してくれ」


 炎を纏い、刃はより闘志を滾らせる。

 そんな隙も与えないとばかりに、リリィは己の勢いすら物ともしないような無表情で走り出した。

 不意打ちや急襲を喰らう程、エミルも油断してはいない。

 速度と走行コースから正確に叩き込みに来るタイミングを感じ取り、見事に重い刃を受け止めてみせた。

 衝突の瞬間、周囲に火花が散り出す。

 それを合図に、リリィとエミルの激しい打ち合いの火蓋が切って落とされた。


(団長は私の手の内をある程度把握しているはず。それなら……!)


 エミルは拮抗する刃の押し合いに、敢えて力を抜いて負け、身体を避けつつリリィの身体を前のめりになるよう誘導した。

 目論見通りに体勢は崩れ、その隙に剣を握り直して迷わず振り下ろそうとしたが、リリィは即座に全身を捻り180度回転。

 一閃を受け止めつつ、まるで重力を無視した体勢から両足の出力を上げてバックステップを行い、距離を取った。

 直感的と理論的な行動が入り混じる、一歩間違えれば曲芸とすら思えるような光景。

 1/60秒の隙も見えない、刹那の鍔迫り合い、刹那の見合い、刹那の回避。

 エミルの鎧を纏っているとは思えないような身のこなしと、日々の鍛錬によって極められた剣撃、リリィの超反応と、予め組み込まれ剣術技能、人間らしさを無視した挙動が、それぞれの一撃をことごとく無効化していく。

 まるで次元の違う戦いに、エウラリアはただ見ている事しかできなかった。

 

「私の入る隙間が無い……今介入すれば、確実にエミルの足手まといになる」


 エウラリア自身も、他の隊員達よりもその戦闘技術は長けている。

 しかし、今この場に於いては意味を成さない。実力の差もそうだが、敵同士として、団長と副団長としてぶつかりあっている今、そこに割り込むことはできない。

 エウラリアはエミルの勝利を信じ、終わりの直後、迅速に怪我を直すことに集中した。


「団長! 私は、こんな形で本気の戦いをしたくはなかった! 貴女は私の憧れだ! それをこんな形で! 敵同士でぶつかり合うなんてことは!!」


 火花が散り、音が弾ける度に、徐々にエミルの感情が噴き上がり始める。

 彼にとって、騎士団という存在、並びにリリィ団長の存在はとても大きいものがあった。

 それには、彼の過去、まだ騎士団に入ろうとするよりも以前にルーツがあった。

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