第380話 あなたが誰であっても 22

「……なに……よ…………殺ス……な……ラ……好きニ…………すれば……いいでシょ…………もう……身体中………いたクて……苦シい……のよ…………」


 下半身を失い、動くたびに断面から駆動音が鳴り、内部機構の動作する様子がとてもよくわかる。

 上半身も傷だらけで、模造皮膚が剥がれ、擦り傷や切り傷が様々な所にあり、指や腕も折れている。

 それでも動いていられるのは、まさしくこの世界の住人であり、機械であるからだろう。

 とっとと殺してくれたほうが早い。そうすれば、アルフヘイムに混乱をもたらした一人を排除できる。

 既にもう何もかも諦めているが故の言葉。どうせならもっと色んなことをしてみたかったかもしれない。

 電子頭脳内で、やりたかったことを夢想しようとしたその時、ルシールが彼女の側に改めて近づいた。

 そして、そっと傷だらけの頬に両手で触れた。

 

「ううん、絶対死なせない。言ったよね、罪を償おうって。友達も……失うのも嫌だって」 


「…………」


「あの……改めてお願いします! セレナを殺さないでください! あの…………うん、セレナは間違いなく、たくさんの取り返しのつかないことをしてきたんだと思います。私の知らないところで悪事を働いて、殺してきたかもしれない。だからこそ、その分を全て清算するために、迷惑をかけてきた人々への贖罪として……生かしてほしいんです!」


 ずっとうまく、自分の気持ちを喋れなかったルシールが、全力で吐き出した言葉。

 そんな彼女に、劾煉が近づき問う。


「……それは其方の我儘ではないか。友達を死なせたくない。生きていてほしいという。もし生きて身体も回復した先で、再びその者が悪事を働いた時はどうするのだ?」


「させません! 私が絶対に止めます! これ以上セレナに悪いことはさせません! 私のわがままなのも否定しません! だって、私にとってセレナは……かけがえのない、大切な友達だから……!」


 その心の底からの言葉を聞き、劾煉は笑みを浮かべた。

 そこに込められているのは、リスペクトだった。


「そうか。それが分かっているのなら大丈夫だ。根本無き身内への同情は、悪戯に不幸を招くだけだからな」


 劾煉もそれに同調し、続けて皆も小さく笑みを浮かべた。


「はっ、受け入れるも何も、最初からそのつもりだよ。そもそも、それ抜きにしたってまだ色々聞かなきゃならねえこととか色々あるからな」


「あ、ありがとうございます……!」


 合理性と納得の間、その先の結論。

 いずれにしても、贖罪の面でも、情報の面でも、ただ殺すのは意味がない。

 そして何より、ルシールが全力を超えて引っ張り出した結果に唾を吐きかけることはでかない。

 彼女の中にいる神がそれを止めなかったのも、つまりはそういうことなのだろう。

 こうして、満場一致でセレナは殺すことはなくなった。

 嬉しさのあまりに笑顔を見せ、再びセレナの側に寄るルシール。

 その愚直な程に優しい友達を見て、セレナは止まらない痛みの中で小さく笑みを浮かべた。


「………………ばか」


 その小さな悪態が、ルシールにはとても嬉しく感じた。

 直後、ルシールの雰囲気は一気に切り替わり、アリアと入れ代わり皆の方を向いた。


「……もうすコし、友達どウしで話を……させテくれテもいいじゃナい…………」


「それはまた後です。皆さんの勝利を私から称賛させていただきます。しかし……皆さんは現酷く傷ついてますよね」


「まあな。アレクシスや劾煉はまだマシだが、俺達は結構な」


「俺達も今結構しんどいぞ」

 

「……なので、暫しの休息と致しましょう。私が皆さんを治療させて頂きます。少しでも、ユグドラシルへ向かう為の力を取り戻していきましょう」


 反対意見は出なかった。

 事実、このまま先に進めば、確実に死への危険性が高まるからである。

 どのような敵がいるかも完全にはわからない。特に今回のユミルセレナのような、事前情報には無いイレギュラーが存在する可能性も否定できなくなった。

 ならば、出来るだけ回復して戦力を保つ方がいい。その時間はとても少ないが、やれることはやったほうがいい。

 一同はアリアの言葉を受け入れ、わずかに存在する物陰で一時的に退避することにした。

 その途中、アリアがセレナへと声をかける。


「貴女には色々と聞きたいことがあります。助け出した以上、答えて頂きますからね」


「あはっ…………セレナの……友達のからダで、いうこト……? かミさマって、卑怯だよね……」


「…………否定はしません。そうしなければ、私はここにはいられませんから。しかし、そうしてでも助けたい世界があるのです」


「…………あっそ」


 セレナは、気に入らないながらも吐き捨てるような小さな言葉を口にした後、目を閉じてされるがままに運ばれ続けた。

 こうして、ルシール達はユミルセレナに勝利を収め、戦禍の中のわずかな休息に入った。

 戦いの一小節に、新たなる区切りがつけられたのであった。

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