第370話 あなたが誰であっても 12

 大きく出た。クロエ以外のこの場にいる者達がそう思った。

 しかしそれを、頭ごなしに否定するつもりは毛頭ない。

 その勇気、その意思。それを全否定することは誰にもできないのだから。


「……その意気や良し。案にも賛成だ。これまでの話を総合するのなら、あいつがあのデカブツの頭脳であり視覚でもある……と考えて良さそうだからな。装甲を一気にぶち抜くのが厄介になった今は、アレを狙うのが得策だろう…………が」


 剥き出しのセレナこそが、下の巨体をある程度安定して動かす核である。

 現時点では仮説でもあり、取り去ったからといっても、平然と動き続けられる可能性も無くはない。

 だが今は他の仮設を一々取り出し議論している暇はない。それにある程度の確証はある。

 これまでを総合した結果の賛成の意思を示した後に、アレクシスは続けた。


「たどり着いたところでどうするつもりだ。俺の見立てじゃ、ありゃもう化け物と同化しちまっている。そこから引きずり出して助けられる確証があるのか?」


「……確実とは言えません…………だけど……やります。私は……やらなきゃいけないんです。セレナなら、私のことをきっとわかってくれるはずです。だって、私もセレナの叫びがわかったんですから……!」


 必死に心の奥から絞り出した、論理的な根拠にもなっていない感情的な理由付け。

 だが、そこには不思議な説得力があった。ルシールの強い気持ちがそうさせたのだ。


「それに、私は神憑です。いずれにしても、神の力を用いて対抗することができるかもしれません」


 そこに加えた、現在自分の中にこの世界の神がいるという事実。

 神の力を以てすれば、道を切り拓ける可能性があるかもしれない。

 折れる気のない感情が、目の奥からアレクシス達にぶつけられる。

 それを否定することは、誰にもできなかった。


「…………クロエ、頼めるか?」


「言うと思ったわ。ルシールちゃんを導けるのは私だけだもの」


 だが、ルシールだけでは確実にいとも簡単にやられてしまう。

 セレナのいる場所までたどり着くには、それを可能とする後方支援の魔法能力が必要不可欠なのだ。

 現時点でそれを達成できるのは、アレクシスとクロエだけ。二人からどちらを選ぶとなれば、いつも交流のある分息を合わせられるクロエが選ばれるのは当然の帰結だった。

 そしてそこに、迅怜が意見を挟む。


「俺もそいつはありだと思う……が、やるなら同時だ。頭の方を狩ったとしても、俺達が手こずってんのは下のデカブツの方だ。劾煉、アンタは万全な状態の上の小娘と戦ったんだろ? 今と比べてどうなんだ」


「うむ。やはり奴の攻撃だという意思は感じられるが、本人からの圧は感じぬ。謂わば下の巨体が攻撃の中枢。仮にそのような火薬庫も同然の存在が制御を失ったとなれば……それこそ予測不能の事態に陥るであろうな」


「つーわけだ。やるなら同時。上を排除した瞬間に、下には最大威力を叩き込む。足止めは確実にな」 


 下の怪物、ユミルの部分だけでも、戦力としては申し分ないはず。

 なのにわざわざセレナという付属品をつけているのは、なんらかの補わなければならない部分があるというのが自然だろうと考えた。

 下手に独立させれば何が起こるかもわからないが、そうなれば一度は確実に大きな隙が生まれる。

 剛撃の嵐を掻い潜るような作戦だが、試す価値はある。むしろ今はそれしかない。


「あ、ありがとうございます皆さん…………」


「礼は勝利の後だ。んじゃあ、誰がどう行くべきかだが」


 私情からの我儘も確実にいくつか含まれている自分の案を飲んでくれたことに、思わずルシールは嬉しくなった。

 まだ礼には早いと、迅怜は一旦言葉を遮ってから、アレクシスと共に最も効果的であろう役割ぶんたんを簡易的に話し合った。

 こうして、ルシール達の腹は決まった。

 それと同時に、ユミルセレナに再び動きが生まれた。

 まだ復帰したわけではないようだが、不気味に右に左に揺れて地面を揺らしている。


「準備はいいな。俺の活躍の道を開けとけよ」


「全く、こんな時でもその口は直んねえな。血気盛んだぜ」


「そう言うアレクシス殿も、拳に力が入っているようだが?」


「はっ、こいつは武者震いって奴だ。バレン・スフィアから開放されてから、戦いに関しては飽きることがねえ。だが第一には、この街を守るってのが大先決だ。弟子達の居場所もちゃんと残してやらねえとな」


「……そうか」


 ユミルセレナの元に向かうのは、アレクシス、劾煉、そして後方からクロエからの援護魔法を受けるルシール。

 そして、サポート側には迅怜とクロエが付いた。

 だが、迅怜は完全なサポート役というわけではない。その証拠に、既に全身には電撃が纏われていた。


「アレクシスまで向こうに行っちゃって、私だけじゃとても大変じゃない……」


「よく言うな。絶氷の魔女ならそれくらいやれるだろ」


「まあね……ルシールちゃんのこと頼んだわ。怪我させたら承知しないから」


「たりめえだ。この捨て身の作戦で傷を負うのは俺達だけでいい」


 情報共有も作戦も立て終わった今、絶好のチャンスが訪れている。

 天災の如き攻撃が降りかかる前に、今度はこちらが叩く番だ。


「またドデカイ一発が来る前に、こっちがデカイの叩き込んでやるよ!!」


「……待ってて、セレナ……!」


 そして、一旦のインターバルは終結し、アレクシス達とセレナは、後方に二人を残して再び真正面から走り出した。

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