第368話 あなたが誰であっても 10
アレクシス達が巨人の如き敵と対峙しているその最中。
絶対防衛兵器ユミルに身体を強引に接続されたセレナは、暗闇の中にいた。
どこを見渡しても真っ暗闇。光などどこにあるのかもわからない途方も無い闇。
ただ一つ、彼女の見る世界に黒いモヤが無数に散らばっていること以外は。
『セレナは、一体どこにいるの。気持ち悪い、ぞわぞわする』
その黒いモヤは、見ているだけでもとても不快だった。
形も朧気で、霊魂のようにふらついている。
それだけなのに、なぜだかセレナにはそれが邪悪で、不潔で、不浄な物のように感じた。
気持ち悪い。吐き気がする。
これまで誰よりも広大で確かな、イレギュラーな視覚を持っていた彼女には耐えられない景色。
だが、偽神の天眼は今でも確かに機能していた。とても歪んだ形で。
『やめてよ。セレナの視界に入ってこないで。気持ち悪い! どっか行って! 消えてよ!!』
セレナが叫び、己の思うように魔法を発動すると、目に写るモヤは大きく数を減らした。
だが、いつもの自分が使う魔法とは違う。力加減がおかしい。自分が強い自覚はあるが、ここまで強い詠唱をした覚えは無い。
そんな疑問を吹き飛ばす程に、セレナの胸にはさらなる不快感が湧き溢れてきた。
『全部消さなきゃ……吹き飛ばさなきゃ……』
頭が痛い。身体が尋常ではない程に重い。
見えない、見えない、見えない、モヤが近づいてくる。何かをしている。痛い。不快、不快、不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快。
「繧サ繝ャ繝翫?蜑阪°繧画カ医∴縺ヲ辟。縺上↑繧!!!!」
セレナの激情は、ユミルの新たなる機能を開放し、備えられた巨大な砲門を曝け出した。
己に降りかかるモヤを消し飛ばそうと、セレナはいつも自分がやっているように、大我達と戦った時のように魔力を集め、それを一気に開放した。
それは緋色の線を描き、直線上の存在を全て焼け付くしていった。
瓦礫も、建物も、転がり落ちた食器も、全て灰にすらならず消滅していく。
地面に転がった無数の偽ティアの残骸も、模造皮膚が焼け焦げ、髪も焼き尽くし、内部骨格が剥き出しになり、眼球は砕かれるように割れる。
それらは無力に光線に押し流され、バラバラに砕けながら跡形もない鉄屑と化した。
「ぐうううっ!! なんという威力……熱気!! これだけ離れても、未だ圧が……」
「うおおおっっ!? クソッ……冗談きつすぎるぜ……無茶苦茶にも限度があんだろうよ!!」
その絶大なる衝撃は、危険を察知し退避した劾煉と迅怜にも襲いかかる。
おおよその予測される攻撃範囲を捉えつつ、尚且それよりも遠い範囲まで時間の許す限り退避する。
それによって直撃は容易に免れた。にも関わらず、その衝撃、熱気、そして吹き飛んだ無数の瓦礫が二人を襲い、一方的な防御姿勢に入らせた。
「なんつーパワーだ。俺の壁越しにも、ビリビリと伝わってきやがる……」
「ルシールちゃん、足を踏ん張って! 絶対に身体をブレさせちゃダメ!」
「はいっ!」
アレクシスとクロエ、そしてルシールは、現時点で最も辿り着ける遠い位置まで各々の移動方法で急ぎ、これ以上は移動できないという所で立ち止まり、少しでも影響を減らそうと、それぞれに岩石のバリアと氷塊のバリアを張った。
射線上を大きく避け、魔法による防御も仕掛けることができた。
にも関わらず、無茶苦茶な衝撃と振動が身体へと伝わってくる。
気圧されてしまいそうな程の殺意が、瓦礫の衝突音と共に肌に突き刺さってくる。
三人はそこから動くことが出来ず、ひたすらほとぼりが冷める瞬間を待つしかなかった。
しかしその中で、ルシールだけは瞳の奥にある意思を、ここでさらに燃やし始めていた。
そして、緋色の光線が止み、状況からは考えられない程の一瞬の静寂が訪れる。
そこに表れた光景は、ユミルセレナの真正面に描かれた、まるで空間が消滅したかのような抉れた地面。
その先にあった巨大な南門は、融解した僅かな外縁を残して、跡形も無く消滅してしまっていた。
まさしくそれは、純粋なる暴力としか形容することはできなかった。
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