第367話 あなたが誰であっても 9
「毅獅!!」
身体に捻りを加え、瞬間的に音速に達したと錯覚させるような速度の裏拳を放った劾煉。
その一撃は要塞の如くそびえる鋼鉄の装甲に命中し、豪快な衝突音を鳴らした。
己の身に宿った「技」と、B.O.A.H.E.S.を由来とした常人離れの「力」。
二つが備わった拳の威力は絶大。
「雷砲拳!!」
大気すら弾けさせん程の雷光を右手に纏った迅怜は、己の身体能力をフルに使い、真正面から電撃のストレートパンチを叩き込んだ。
彼がいつも使う「斬」の攻撃ではなく、衝撃に特化した「打」の攻撃。
その場その場で必要な手を導き出し、プライドを持ちながらもそれを扱う。それが迅怜の強者たる所以の一つでもあった。
「剛螺旋!!」
地面が隆起し、そこから浮かび上がるは螺旋の形を描いた鋭利な石塊。
アレクシスはその後部に全力のパンチをぶつけ、それを竜巻の如く回転させながら大砲のように射出した。
大地の力を借りる土魔法と、ドワーフ種族の身に持って生まれた能力を磨き込んだからこそのパワフルさ。
エヴァンと並び立つその男の強さは、誰もが認めるものである。
「ビオラ・マンシュリカ!!」
皆の放つ攻撃にさらなる威力を乗せんと、後方から強風を吹かせ続けていたクロエ。
同時に巨大な氷柱を空中に形成し、その風に乗せて質量をそのままに射出した。
本の虫である彼女は非力であり、ルシール以外には到底腕力や身体能力で勝つことはできない。
しかしそれを補う程の余りある魔法力。それが彼女の強さたらしめいてるのである。
最初に命中したのは、劾煉と迅怜の一撃。
二人の剛拳はその巨体を揺らし、大気を震動させた。
それからすぐに、後方からアレクシスとクロエの魔法が到達する。
後方より来る圧力を感じ取り、前線にいる二人はそれぞれ左右に散開する。
直後、膨大なる質量が風と勢いに乗り、インパクトが与えられた箇所に追撃が与えられた。
硬質なる物体の螺旋が装甲を削り、追い打ちに互いを破壊する程の氷柱の一撃が石塊を押し出した。
その衝撃には巨人の如き巨体といえども完全に耐えられるはずもない。
石塊と氷塊は豪快に砕けながら、ユミルセレナはぐらりとバランスを崩し、わずかに後方へと仰け反った。
見事に足元を揺らがせることが出来たアレクシス達。
しかし、彼らの表情に成功の雰囲気は表れていなかった。
「…………お前はどう思う、クロエ」
「はっきり言ってあまり手応えは無いわね。威力は乗せたはずなんだけどね」
「同意見だ。正直ここまで硬いと、後が怖いな」
その一発をまともに受けてただでいられる者はいない。そんな気持ちを持って放った魔法。
確かによろめきはしたが、手応えと言うには足りないものだった。
威力は問題なかった。ならばユミルセレナの耐久力がこれまで戦ってきた相手とは桁違いということになる。
その感覚は、直接一撃を叩き込んだ劾煉と迅怜がもっと強く、体感として感じていた。
「相当に堅牢だな、この装甲は」
「持久戦に持ち込まれりゃ不利どころじゃねえなこりゃ」
全員が攻撃を叩き込んだ箇所は大きな陥没の痕があり、ダメージを与えたという証が刻まれている。
しかしそれが、ユミルセレナの動作に影響を及ぼした様子はない。
一体どうしたものか。得られた感覚と情報から次の一手を考えようとしたその時、迅怜の耳、劾煉の肌に何か突き刺すような予感を覚えた。
装甲の奥、未知なる領域。そこから聞こえる殺意の音。
根拠はない。しかしユミルセレナから感じる暴力の気配。
二人は即座にそこから離れ、アレクシス達に警告の言葉を投げながら全力で走った。
「退避しろ!!! 分からんが何かが来る!!!」
「そこから離れろ!! とにかくヤバい!!! 何かやろうとしてんだ!!!」
偶然にも訪れてくれた一瞬の静寂。そこに入り込むは警告の声。
議論や質問をしている時間は無い。危険だと言えば危険なのだ。それまで戦いと経験を積み重ねた者がそう叫ぶのだ。
アレクシスは石壁の盾を張りつつ、クロエはルシールを側に寄せて氷のバリアを張り、何も言わずに逃げた。
予感は現実のものとなる。
「なんだアレ……ワームの口見てえなのが出てきやがった」
損傷した装甲が左右に開放され、奥から現れたのは巨大な砲門だった。
驚く暇すら与えないように、有無を言わさずそこに魔力が収束し始める。
おそらく対処は出来ない。逃げの選択肢が正解だったことに、戦いの終了を待たずして示された。
そして、魔法と言うにはあまりにも無機質過ぎる緋色の光線が、全てを焼き尽くす様に放たれた。
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