第365話 あなたが誰であっても 7

「迅怜さん!? くうっ……」


 その前進する姿を見たルシールが思わず声を上げるが、すぐに意識は降り注ぐ魔法へと向かざるを得なかった。

 こんな嵐というにも生温い状況で危険すぎる。そう思っていたが、クロエの言葉がそれを融かした。


「大丈夫よルシールちゃん。あいつは……迅怜は気性は荒いけど、考え無しに突っ込むような人じゃない」


「でも……」


「こういう熾烈な戦いで大切なのはねルシールちゃん、絶対に『仲間を信じる』こと。私が貸したディリマスラ戦記にもそういう場面あったでしょ? 『何も言わずに先陣を切った。背中には意志の力が宿っている』って」


「…………はい!」


 かつて読んだ物語と、眼の前の現実が小さな糸で繋がり、ルシールの意思に指針がもたらされた。

 今は無駄に動かずにやるべきことに徹する。自分に出来る現状の行動は守りを固めるだけ。

 再度火球の対処へと戻り、迅怜の無事を祈った。




 ただ一人、神がかった速度でユミルセレナに近づいていく迅怜。

 地元であるアルフヘイムの地形や建物の配置、構造はしっかりと記憶に刻まれており、どう動けば良いのか考えるまでもなく自由に身体が動く。

 屋根を駆け、街道を走り、建物の壁をバネに鋭角的移動で火球と氷柱を完璧に避けていった。

 その多種多様な軌道によって、どこか今までよりもさらに速く見える迅怜のスピード。

 彼が目指すのは、ユミルセレナの装甲に覆われた巨大な胴体だった。


(あいつらに構ってる暇はねえし、そもそもエヴァンの野郎がいるんだからなんとかなってんだろう。だが、余計な邪魔を入れさせるわけにもいかねえ。だったら、今やるべきは一つ!!)


 近づくごとに増加する、迅怜へ向く攻撃の数。

 おそらく自身が認識する存在に対して無差別に魔法を振り撒いている。

 そこには一定の偏りがあり、本体に近づく程にその人物に対して集中していくのだ。

 接近するうちに見かけた、無数の破壊された量産兵。ユミルセレナとの距離が縮まるごとに破壊の度合いはより酷くなっており、串刺しどころか体表面の模造皮膚が全て吹き飛ぶ程に燃やされた個体も存在していた。

 そんな無慈悲な氷炎雨による集中砲火にも、迅怜は避けきりながら右足にマナを溜めて電撃を走らせた。

 

「まずは一発、こいつで俺の方を向きやがれ」


 迅怜は敢えて大きく飛び上がり、空中に身を晒しだした。

 この状況で自殺行為にも等しい無謀な行動。だが、先の予測と確実な狙いさえあれば、それは戦況における一手となるのだ。


「居雷蹴!!」


 一瞬消えたかと錯覚するような蹴りから放たれた、刃の如き鋭い電撃の雷弾。

 向かってくる魔法の隙間を縫い、掠めながら、それは巨体の装甲に正面から命中した。

 的が巨大な分、無理に正確な狙いをつける必要もなく、当てることだけを考えられる。

 だがそれだけに、怯ませ傷つける為に必要なのは絶対的な威力なのだ。

 迅怜が放った居雷蹴には、それに足るだけの威力は無い。それは本人が一番良く理解していた。

 彼の攻撃は、ダメージを与えることが目的ではない。


「菴輔°縺ゅ◆縺」縺溘? 繧サ繝ャ繝翫?霄ォ菴薙↓?」


 ユミルセレナから、垂れ流している物とは違う激しいノイズが鳴り、左右に巨体が揺れる。

 直後、無数の氷炎雨のターゲットは、一気に迅怜の方へ向けられた。


「よし、大方予想通り!!」


 迅怜は試したのだ。あの化物に同じように感覚や感情があるなら、剥き出しになった少女がその感覚を下の巨体と共有しているなら、多少なりとも反応を示す。

 それなら、ある程度の方向性はコントロールさせられる。無差別に攻撃を散らしているのなら、自分にヘイトを向けさせればいい。

 そうすれば他の皆も、より行動が可能となる。

 同時に大我達の方向へ飛んでいた魔法も、一気に自分に向かわせて回避させられる。

 アルフヘイム最強の人狼にして、雷魔法の使い手、そしてスピードを持つものだからこそ可能な最初の一石だった。


「時間は作った。とっととこいよてめえら!!」


 振り向きながらぶつけた、角笛の如き知らせの言葉。

 周囲の爆発音にそれは殆ど掻き消されてしまっていたが、彼の今の形が、その意志をアレクシス達に届けられた。

 と同時に、天が味方したかの如く一時的にユミルセレナの攻撃が止んだ。


「今のうちに走るぞみんな!!」

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