第364話 あなたが誰であっても 6

「⬛………⬛⬛…………`?#」


 獣の唸り声の如く、ノイズまみれの声が鳴り響く。

 行動原理も分からない謎の巨大な存在、ユミルセレナ。

 巨像の如く、大きな動きを見せずゆらゆらとふらついていたそれは、ついに動き出し始めた。

 自身が飛び出した地面の穴から離れるように、一歩、また一歩、整備された地面を陥没させながら前進する。

 そして、唐突に立ち止まり、全身からエンジンがフル稼働するかのような豪快な機械音が鳴った。


「菴輔′縺ゥ縺?↑縺」縺ヲ繧九?!!?」


 巨獣の咆哮の如き人工物の音に、到底人の声には聞き取れないような電子音が劈く。

 直後、ユミルセレナの背面部から熱風が噴き出し、同時に宙に無数の巨大な氷柱と火球が生成された。

 

「こいつぁシャレにならん規模だな。神の使いらしいじゃねえか」


 思わず敵との闘いという現状を忘れてしまいそうな程の壮観な光景。

 まるで神話の中にでも紛れ込んだかのような規模の魔法に、アレクシスは思わず言葉を漏らした。

 だが、そんな圧巻の光景にも、誰一人として膝を付き絶望してはいなかった。

 そして、その氷柱と火球は何の予備動作も無く、次々と射出されていった。

 その一発一発は、雨のようにただ無作為に降り注いでいるわけではない。

 明確なターゲットを持って撃ち出されており、周辺の最も近い標的に向かって微妙に角度を変え、カーブを描きながら飛来していった。

 アレクシスは思いっきり地面を殴り、周囲に身が隠れる程の巨大な石壁を作成。接近する無数の魔法を、貫通する衝撃と共に受け止めた。

 迅怜と劾煉は持ち前の身体能力を駆使し、確実に見切ってからの回避と反射的動作による回避の両方で直撃を避けていった。

 避けきれぬ氷柱は両手両足の一撃で破壊し、火球だけは当たってはならんと意識の比率を傾けいなしていった。

 迅怜は人狼としての速度と視力を活かし、大きくフィールドを使いながら、荒々しくも洗練された身のこなしで直撃を避ける。

 一方の劾煉は、コンパクトかつ無駄のない最低限の動作で見切りの如く回避し、同時に地面への着弾時に発生する衝撃や瓦礫にも当たらないようにと対応していった。

 クロエとルシールは、共に隣り合った状態で分厚い氷壁を作り、正面からの攻撃を耐えつつも確保された視界から氷魔法による撃ち返しでぶつかりあった。

 壁の強度ではアレクシスの石壁に大きな分があるが、向こう側の情報確保という点では氷壁も別の利点が存在する。

 クロエは放たれる氷柱に対して、つらぬき潰すような氷槍を乱れ飛ばした。彼女の異名に違わず、その威力は折り紙付き。同じ氷雪攻撃でも完全な対抗を見せつけた。

 ルシールはそれとは別に、火球の対処へと回った。

 神憑なだけあって元々の魔法能力は他の人々よりも高いが、今ここにいる強者達と比べればどうしても型落ちする。

 そこで、火球に対して打ち消しやすい氷魔法という利点を活かし、クロエとのわずかなやり取りでしっかりと対処できる役割分担を決定したのだった。

 ルシールが放った氷の飛礫は火球と相殺され、蒸発する音と共に掻き消えた。

 各々の防御手段によって、天災の如き氷と炎の雨を防ぎ続ける一同。

 しかしその攻撃は、アレクシス達だけに与えられたものではなかった。

 周辺で行動、または待機していた量産兵ティアに対しても無差別に放たれ、一撃でその身体を破壊していった。

 火球によって頭部を爆散させられ、氷柱によって胸や下腹部を貫かれては、ショートし痙攣しながらその場に倒れ込む。

 電子音のような悲鳴もわずかしか上げられず、無表情のまま倒れていく機械人形の屍が無数に転がっていった。

 

「味方も関係無しか! いよいよ天災だなこりゃよ…………マズイ!!」


 局所的に発生した無差別攻撃。視界が遮られる中、最も自由に動き回避していた迅怜の眼に、一部注目すべき攻撃が飛び込んできた。

 それは、あらぬ方向へと発射されている火球と氷柱。

 一見コースを外れた無駄弾のようにも見えるが、自分達に放たれたそれがホーミングしている以上、意味がないとは思えない。

 そう考え、方向から何があるかと考えた直後、答えは即座に浮かび上がった。

 先にユグドラシルへ向かう為に迂回していた、大我達だ。

 真っ先に気づいた迅怜は、危機感を強く感じ取り、一人真正面からユミルセレナの方向へと雷撃の速度で走り出した。

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