第362話 あなた達が誰であっても 4

 アレクシスが下した判断。それは、ユミルセレナに立ち向かい足止めする者達と、そのままユグドラシルへ向かう者達に分かれ、確実に誰かが最終目標へ辿り着けるようにするというものだった。

 アリア=ノワール討伐という最大の目標を達成するべく集められた最大戦力。

 当然の事だが、それらがいつまでも一箇所に集まった状態で継続するはずもなく。どこかで必ず分割しなければならない瞬間が訪れる。

 そしてそれは今。ここに残すべきは、この大地を破壊し尽くさんばかりの怪物とぶつかり合える力を持った者。

 ユミルセレナの存在にいち早く勘付き、最も感じた時間の長かったアレクシスはそう判断した。


「そんな、それじゃそっちは……」


「ただデカイだけの奴に負ける程ヤワじゃねえさ。それに、俺達は2回もそこの神様に選ばれたんだぜ? バレン・スフィアからも生き残った…………不甲斐ない借りはここでキッチリと返さねえとな」


 一抹の不安と共に思わず声が出た大我。

 だが、そんな心配は無用と、声を遮るようにしてボリュームを上げた声でそれを突っぱねた。

 何も言わずともその意図は理解ている。そう言わんばかりに、かつて共に戦った迅怜とクロエはそれを受け入れた。

 迅怜は先陣から外れることにやや不満を抱いてはいるが、それでも今はやるべきことがあると、敢えて己を自制した。


「そう、ここから先に進むべきは大我くん達だ。僕達がアレを」


 エヴァンも同じように、深い仲であり戦友でもあるアレクシスの言葉を受け入れ、背中を押す言葉をかけようとした。

 だが、それを遮ったのもアレクシスだった。


「いや、お前は一緒に先にいけ、エヴァン」


 おっと、と声に出さなくても、その感情は表情と動作にはっきりと反映されていた。


「戦力をここで割きすぎるわけにもいかねえ。不服だが、お前はこの中で一番強い。お前は神様や大我達を守れ」


「そうか、そういうことなら引き受けたよ。けどその前に少し……」


 そう言ってエヴァンは、アレクシスに改めて簡易的なセレナに関する情報を伝えた。


「なるほどな。それが分かればある程度は色々考えられる。あんがとよ……そんで、エヴァンが離れるその代わりに劾煉、あんたにこちらの戦力になってもらいたい」


「…………承知した。かつて人々の為に身を尽くした英雄と共に闘えるとは、恐悦至極也」


 必要な場所への戦力の分散。それをするならここしかない。

 だからと言って偏りすぎては自滅を招く。

 アリアや大我達にはエヴァンを付けさせ、劾煉を加えた残りでこの怪物に対処する。

 おそらくはこれが、現状最も戦力をしっかりと分けられて且つ生き残りやすい判断だろう。

 当然、全員が絶対に勝利するという大前提を乗せて。 


「そうと決まればボヤボヤしてる暇はねえ。とっとと走りな!」


 アレクシスが叫ぶ。そして、走り始めるその前に、ラントへ向けてサムズアップのサインを出した。

 言わずともわかるだろう。お前は確実に強くなった。その強さを以て皆を守ってこい。

 全て伝わらなくてもいい。ラントへの激励が伝わればそれでいい。

 ラントは同じく力強いサムズアップを返し、師匠からの意志を受け取った。

 

「いくぞみんな! セレナがいるところから大きく迂回して走れ!!」


 気力が溢れ出したかのようにラントが先陣を切り、可能な限り影響を薄くする為に遠回りしようと、西門側へと斜めに向かうように走り出した。

 未だに偽神の天眼が使えるのかはわからないが、その巨体ならば使えようが使えまいが厄介だろう。

 とにかく今は行動しなければならない。

 大我達は走り出す。だがその中でアリアにとって予想外の事態が発生した。


「ありがとうございます皆さん! これで少しでも近づ…………ダメっ!」


 一度は驚き現れたが、その後に引っ込んだルシール。

 しかし、大我達の後ろについて移動しようとしたその時、再びルシールの人格が強制的に表に現れ足を止めた。

 そして、進行方向を翻し、アレクシス達の方へと戻っていった。


「ち、ちょっとおい! みんな、先行っててくれ! すぐに追いつく!」


 それを目撃した大我とエルフィがルシールの背中を追いかけた。

 ラント達もそれを追おうとしたが、大我の言葉で踏み止まり、信じて先へ進むことにした。


「ちょっと待てって! 今出てるのルシールだよな? どうしたんだ」


「私……セレナがあんな風になって……ほっといて……行っちゃうなんて……そんなことできない…………セレナは大切な友達……だから…………」


 振り絞るように出した感情いっぱいの声。

 ずっと一緒に時間を共有し楽しんだ大切な相手。

 それがどんな素性であろうとも、今更薄情に放っておき、自分の知らないところで倒れるなんて嫌だ。

 セレナには自分が側にいてあげないと。それがいつも一緒にいた友達としての役目。

 今それを言うべきではない。自分の中にいる神様もそう思っているに違いない。

 今にも泣きそうな声で、自分の感情を曝け出したルシール。

 それを大我は、決して咎めることなく受け入れた。


「わかった」


「おい大我! お前」


「わかってる。けど、アレクシスさんや迅怜さん達と一緒ならきっと大丈夫だ。それに、友達の側にいられない辛さってのはよくわかってる。特にあんな状態だと尚更な。だから、俺はルシールを尊重する」


 勇気を出して口にした我儘を受け入れてくれた。それだけでもルシールは涙を流しそうになっていた。

 彼女の中にいるアリアも、強制的な介入を挟まず音声データと視覚データを読み取りながらじっとしている。

 神の意志を挟まないなら、おそらくはそういうことなのかもしれない。神様も自分の我儘を聞いてくれたのだ。


「ありがとう……神様、大我さん、エルフィさん……私……絶対、絶対にセレナを助けてちゃんと生き残ります!」


 深々と頭を下げ、ルシールは道を戻りアレクシス達の方へと走っていった。

 その背中を見送り、大我はすぐに先を走る皆の方へと足を向けた。


「このバカ、お人好し! これで破壊されるなんかしたらどうすんだよ!」


「きっと大丈夫だ。俺はそんな気がする。それに、お前も止めなかっただろ」


「…………ああもう、これだからお前はよー!!」


 悪態をつくが、エルフィもその言葉を内心では信じていた。

 合理的判断とは言えないが、それだけでは片付けられない何かがある。

 呆れつつも仕方ねえなという態度を見せながらも、しっかりと大我を支えつつ先へ進んでいった。

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