第358話 剛の拳、柔の矛 12
こんな技を撃つのは初めて。たった今自分が出来る事と直感によって生まれた新しい突撃技。
自分でもここまでの力を引き出したことに驚いている。だがそれがとても楽しい。
これに対して隊長はどうする。距離自体はあっても、この速度なら完全な無傷で対処することは難しいはず。
なんとか回避してみせるか、それとも真っ向から受け止めるか。それとも……
(──隊長なら、どうする!)
その答えは決まっていた。
バーンズは爆轟剣を居合の如く構え、紅の紋様を浮き出させる。
イル自らが引き出した新たなる破壊的な一撃。それを受け止めずして何が隊長か。
全身に緊張を走らせ、彼女の突進速度を感覚で測る。
「爆轟……」
そして、寸分の狂いも無い完璧なタイミングで、対抗の刃を振るった。
「爆閃撃!!」
刃の衝突と共に放たれる紅い斬撃波。
二重の衝撃がイルの突きと衝突し、威力を相殺させられようとした。
だが、そのぶつかり合いの勝者はイルだった。
相乗したパワーでも、その全てを殺し切ることは出来なかった。
氷獄拳に纏った氷は砕けたが、その威力の残り香が、バーンズを剣ごと後方へ吹っ飛ばした。
「ぐうっ……!」
しかし、その反動はイルにも襲ってくる。
初めて放つ技故にパワーコントロールも完全ではなく、衝撃がもろに腕や肩にやってきた。
耐えられない程ではないが、強い痺れが腕に襲ってくる。
それでも、これ程の威力なら痛手を負わせられたはず。
希望に満ちた笑みがこぼれながら、イルはバーンズが吹き飛んだ方向へ改めて視線を移した。
その先に立っていたのは、既に攻撃の構えを取っているバーンズだった。
「なっ……!」
彼は全身に響いてくるダメージを根性で耐えて歯を食いしばりながら、強引に空中で体勢を整え、可能な限りすぐに行動に移れるように調整した。
一時は地面を転がるもすぐに受身を取り、負った痛みを表面上何もなかったように立ち上がる。
そこから最大のチャンスと、バーンズは間髪入れずに構え、爆轟剣を紅く輝かせた。
刀身に走る紋様は、これまでで最も複雑で、眩しく、力強く、輝かしい。
手応えはあったはずなのに、それでもこれだけの早さで立ち上がる。
ごちゃごちゃ考えてる暇はない。もう一度全力を叩き込まなければと、イルの身体に入る力が自然と強くなり、先程の最大の一撃をもう一度放つ準備を開始した。
互いの力が高まり合う中、バーンズがある言葉を口にした。
「イル、俺が言ったこと覚えてるか」
その時思い出した。彼が言っていたことを。
あの時、ならず者だったときに出会ったことを。
「────一番の一撃ってのは、何度もぶん回すもんじゃねぇ。ここぞって所で叩き込むもんだ』
覚えている。敗北を叩き込まれる前の言葉だからだ。
だがここで悟った。つまり今この瞬間が、バーンズの「一番の一撃」。最高のタイミングなのだと。
それは間違っていなかった。イルの身体には、先程受けた衝撃による痺れが残っていたからだ。
(だけど、私の全力も負けていない!! 真っ向からぶっ飛ばす!!!)
それでもイルは諦めない。その全力を自分の全力でふっ飛ばしてやる。
そう全身と己の心に誓った時、互いの足が同時に踏み出された。
「バーンズぅぅぅぅぅぅーーーーーー!!!!」
これまでの何もかも、全ての感情、全ての力を込めた一撃。
より強く、より鋭く形成された氷の刃が氷獄剣を包む。
「爆轟・爆龍撃!!」
イルの刺突の真正面から、紅い爆轟剣の刃が対峙した。
それぞれの斬りと突きが、全て終わらせるかの如くぶつかり合う。
インパクトの瞬間、時空すら歪ませんばかりの衝撃が引き起こされた。
二人の全身に響く、魂から引き剥がされそうな痛み。
互いに大きく吹き飛ばされない。互角にぶつかりあったかと思われたその時、少しずつ、少しずつバーンズが押し始める。
それに呼応するかのように、爆轟剣の輝きが増していった。
「楽しかったぞ、イル。本当に強くなったな」
鎮魂曲のような最後の一言。
刹那、最後の力を振り絞るが如く、爆轟剣をイルごと思いっきり振り抜いた。
「うおおおオオオりゃあああああああ!!!!!!」
その時、力の拮抗が大きく崩れ去った。
イルの身体は剣ごとふっ飛ばされると同時に、爆轟剣から放たれる爆発をその身に喰らった。
「がはあっ…………!!」
氷獄剣からのマナのバリアも、その全てを防ぎきれるわけではない。
さらにその爆発は一発には収まらない。
吹き飛ばされる毎に一発、一発、一発、連続して暴力的な魔法が襲いかかる。
防御不可能。爆轟剣の魔力を最大限に込めた対人の剛撃が、容赦なく宙に舞うイルの力を削ぎ落とした。
「だが、今はゆっくり休んでな。後は俺達に任せろ」
痛みと共に吹き飛ぶ中で、イルは思った。
こんな時にまで自分のことを案じてくれているなんて。
とにかくバーンズに勝ちたい。これまでの全てを振り絞って勝利をもぎ取りたい。
そればかり思っていたイルには、自分がまだまだだと思えてくる。
いや、実際まだまだなんだろう。どれだけの経験を積めばこれくらいになれるんだろう。
どれくらい鍛えればこんなになれるんだろう。
どれだけの時間を賭ければ、この領域に立てるんだろう。
「────ああ、やっぱり、敵わないなあ…………隊長には」
バーンズの全力の剣技を喰らい、イルは地面に叩きつけられ仰向けに倒れた。
からん、と落ちるボロボロの氷獄剣。
その刃は、全力を受け止めても折れてはいなかった。
倒れた部下の元に、剣からの煙を浴びながら歩いて近づくバーンズ。
二度目の敗北を味わったイルの表情は、どこか憑き物が取れたようだった。
「今の気分はどうだ、イル」
「…………わからない……ですけど、少し晴れ晴れした感じ……かな……」
「そうか、それならよかった」
倒れたイルの肩を優しく叩き、笑みを浮かべるバーンズ。
彼女の雰囲気にはもう、黒い澱みは見当たらない。
「好きだったよな、激辛の特製タレに漬け込んだステーキ。これが終わったら退院祝いに食わせてやるよ。そしたらまた戻ってこい。あとは俺がなんとかしてやる」
これが終われば、洗脳されていたとはいえイルは敵側についていたという事実から処罰される可能性は高い。
そうなれば、彼女の居場所はなくなってしまうだろう。
だが、バーンズはそれをさせない。必ず連れ戻す。
その意思をイルの胸に残しておいたのだ。
「ありがとう……ございます……隊長……次は……絶対勝ちます……か……ら…………」
最後まで負けず嫌いの気持ちを消さなかったイルは、せめてものお礼と対抗の言葉を残しゆっくりと気を失った。
直後、すぐ側の瓦礫を背もたれにぐったりと腰を落としたバーンズ。
見た目は気丈に振る舞っていたが、実際にはそのダメージは大きく蓄積していたのだった。
「いってて……思ったより動けないな。こりゃ少し休まないと足手まといになるな」
死闘を繰り広げた後の静寂。その裏のすぐに加勢できない歯痒さ。
だが、ようやく落ち着いたイルの姿を見ると、少しだけ安心するような気がした。
「確かに届いてたぞ、お前の刃はな」
バーンズ=アームストロング、一時的脱落。
そして時間はわずかに遡り、舞台は南門へと移る。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます