第359話 あなたが誰であっても 1

 時間は少しだけ遡り、大我達が走るアルフヘイム南地区。

 南門を突破し、真っ直ぐユグドラシルに向けて全力で疾走していたその時、アレクシスが全員に警戒の声を上げる。


「止まれお前ら! 一旦下がれ!!」


「どうしたんだアレクシス! 一体何が」


「細かいこと説明してる暇はねえ! 俺にもわかんねえが、何か……何かが来る!」


 直感と感覚で感じ取った強大なる危険。

 細かな説明も、その正体を探る余裕も無いほどに突然現れた予感。

 その答えを表すかの如く、直後、アレクシスの警告通り、大我達の足元が大きく揺れ動き始めた。

 地割れでも起こすかのような轟音。まるで死と隣り合わせにさせるような未知なる脅威。

 本能的に、感覚的に危険を感じた全員は、アレクシスの言葉に従い一旦退避した。

 その時、大我達の進行方向、舗装された地面がひび割れ、陥没し、周辺の家屋も巻き込みぐしゃぐしゃに崩れ始めた。

 その震源地から現れる強大なる影。それはこの世の物とは思えない、まさしく神造物を思わせる規模の何かだった。


「こんなとんでもねえ規模の化物、アルフヘイムの下にいたってのかよ!」


「そんな……このような存在、創り出した覚えは……!」


 それは、アリアすらも知らない、ノワールが造り出した絶対防衛兵器。

 無数の砂埃が舞い、瓦礫を吹き飛ばし、怪獣の如くその姿を顕現させる。

 全身を紅い装甲に包んだ、蛹の如き堅牢なフォルム。

 地面から這い上がり、大地に根差す甲殻類の如き四本の鋭く硬質的な脚部。

 腕のような部位は見当たらない。だが、そのような物は必要無いとばかりに、背面部から無数の飛来物が射出された。

 それは眷属のように巨大物体の周囲を漂い、本体と同様に装甲に包まれている。

 自律する門の如くそびえるそれは、まさしく大我達の行く手を阻む為に生まれてきたようだった。


「ボアヘスよりかは小せえが、こいつはまた別の圧がありやがるな。何よりまだ何してくるかわかんねえ」


「虫みたいに飛んでるアレ、ちょっと嫌な予感がするね。いかにも何かあるって主張してる」


「あの図体で鈍けりゃ俺にはありがてえが、そう甘くはねえんだろうな」


「……こういう時、色んなストーリーで不吉な事しか起こらないって相場は決まってるのよね」


 最も早く気付いたアレクシスを筆頭に、過度にたじろぐことなく冷静に状況を分析して頭を回す歴戦の戦士たち。

 一名その思考がズレている者もいるが、彼女が強大な力を持っているが故に許される物である。かと言って気を抜いているわけではない。


「ここから先に行くには、こんなデカイのを超えなきゃならないってことだよな」


「致し方ありません。しかし、アレは私も存ぜぬ創造物です。どのような力を持っているのか、私でも未知数です」


「こんなデカブツを見るの、ボアヘス以来だよな、アリシア」


「だが、あいつみてえな不気味さはねえな。まっとうにクソ強そうだ。だが、ぐちゃぐちゃして色んな生物に変わるわけじゃねえ。なんとかしてやるさ」


 一方の大我達も、その巨大さに驚いてはいるか、その心へのダメージは一切ない。

 むしろ、対抗する強い精神に溢れていた。

 後退はまずありえない。今与えられた選択肢は前進のみ。

 ならばその前進に全ての心血を注ぎ込むのみ。

 初めての強大なる敵との接敵に、全員がそれぞれに闘志を燃やしていた。

 しかしその心火は、直後に一瞬の陰りを見せることとなる。

 一体目の前にいる敵がどのような存在か、この世界を新たに作った物として確実に分析し解析する必要がある。

 ルシールの身体を借りたアリアが、巨大な敵の姿を注視していたその時、その巨躯の上部に、何か開けている部分があるのを確認した。

 

「あれは…………?」


 その箇所は周囲を装甲に囲われてはいるが、内部機構がはっきりと空気に晒されている。

 アリアはそこに、硬質的な色とは違う肌色かつ人型の存在を確認した。

 まるでそこから生えているような、埋め込まれているような。海賊船の船首像の如き備えられ方。

 視覚を拡大し、正体を確認したその時、内側に眠っているルシールが、瞬時に目覚める程の衝撃に襲われた。


「せ、セレナ!?」

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