第355話 剛の拳、柔の矛 9


「おりゃあああああッッ!!!」


 イルは己を奮起させるように声を上げ、剣に大気すらも凍てつかせんばかりの冷気を纏わせる。

 それを思いっきり横に薙ぎ払うように斬り払い、実体となった巨大な氷の斬撃を、無数の氷柱と共に撃ち放った。


「いっちょ前にいい一発撃つじゃねえか。爆轟……」


 剣に宿る強大な魔力、それを形にして全てを薙ぎ払わんばかりの斬撃を放つ力強さ。

 かつての彼女であれば、魔法具の魔法ですらうまく使う教養もなかっただろう。

 イルの成長が随所に感じられ、バーンズはとてもワクワクしている。

 それにきちんと応えてやらねばと、爆轟剣に紅い紋様を走らせ構えた。

 

「爆閃撃!!」 


 爆撃を伴う紅い斬撃波が、豪快に地面を抉りながら突き進む。

 紅と蒼の武力の結晶同士が衝突し、共に放たれた氷柱も全て巻き込み爆散させた。

 地面が砕け、吹き上がる土埃。

 その視覚の壁を、同時に迫り走ったバーンズとイルの勢いがぶわっと吹き飛ばした。

 土埃で見えない段階の時点で、既に振り被られていたそれぞれの大剣。

 刃同士がぶつかり合い、力と力が空気を痺れさせた。


「バーンズ!!! とっとと!! くたばりやがれってのおお!!」


「そうそう簡単に倒れてやらねえさ!! お前と張り合うのもいいがな、やらなきゃならねえこともあるんでな!!」


 イルの一撃に込められる、無数の感情と激情。その一つ一つがとても重く、豪快。

 それをバーンズは見事に受け流しつつ、受け止め、攻撃に回った瞬間に勢いをその場で出せる全力のパワーを込めた斬撃を叩き込む。

 絶え間なくやってくる重すぎる怪力の一発によって、万全なる力は出し切れないが、それでもイルをよろめかせるには充分だった。

 巨大な刃と刃のぶつかり合い。その一太刀は身体には届かないが、大剣を通じて着実に見えないダメージは蓄積していく。

 そんな拮抗したやり取りの中で、強い焦りを抱き始めているのはイルの方だった。


(なんで、なんで! なんで!! なんで届かないんだよ!! どうして私の攻撃が入らないんだよ!!)


 これだけの力を手に入れたのに、こいつに届くくらいの力を身に着けたはずなのに。

 どうしても勝利の一撃が入らない。なぜ倒れてくれない。

 どれだけ攻め続けても、弾き、受け流し、かわされる。

 そこまでバーンズとの差があるのか。イルの歯を食いしばる力はより強くなった。


(だいたい見えてきたな)


 一方のバーンズは、イルの攻撃をなんとかいなしつつ、勝利への道筋を少しずつ組み立てていた。

 両腕、身体、脚。その一撃はどれもが全く軽くなく、受け止めただけでも四肢に衝撃が伝わってくる。

 表面上は余裕を保っているが、それはまるで薄氷の上に立つような状態。

 だが、今のバーンズには負ける気は一切なかった。


(イル、お前はレイピアを使いこなそうと、血の滲むような努力をしてきたよな。だが、その経験が、この剛力に全てを預けたような大剣には活かされていない。……俺が大剣を使えって強引に勧め続けてたら、今頃負けてたかもな)


 焦りと達観。それぞれの思考が対となり、ぶつかり合い続ける。

 そして、一瞬距離を取った直後、イルは大きく氷獄剣を振り被った。


「いい加減倒れろよ! くたばれよ!! くたばれやがれええ!!!」


 蓄積した焦りは、感情となって表出した。

 両手をこれまで以上に強く握り、大地すら砕き払わん程の横斬り放とうと!情念と力で構えた。

 

(そこだ!!) 


 バーンズはそれをチャンスと捉えた。

 強大なる一撃の前には、ほぼ確実に大きな予備動作が入ってしまう。

 喰らってしまえば死ぬことは容易いが、同時に確実な隙を突くチャンスでもある。

 リスクとリターンの天秤に突きつけられる選択。

 バーンズはその選択を迷わなかった。


「爆轟……」


「しまっ……!」


 懐へと潜り、爆轟剣に紅の紋様を光らせる。

 イルは咄嗟に構えを解き、防御体勢に入るが、一度向けられた力の流れはすぐには完全に変えられない。

 剣を盾のようにしようとしても、その力の強度は確実に下がっていた。


「重爆破!!」


 紅の刃がイルの大剣を強烈に弾き、姿勢を小さく崩す。

 それでも、持ち前の強すぎる力でなんとか踏ん張り、すぐに体勢を整えようとした。

 刹那、剣同士の衝突点から、二の撃となる爆発が引き起こされた。


「ぐうっ……!」


 よろめいた姿勢で、しっかりと力の入らない状態。

 その状況でさらなる威力を叩き込まれては、どうしても大きく崩されてしまう。

 イルはそれでも、潜り込んできたバーンズに全力で反撃しようと、外へ散らかっていく力を無理やり内側に引き戻し、体勢を立て直そうとした。

 だが、そのコンマの好機を彼は逃さない。

 大剣を扱うということは、たとえ小さなものでも攻撃と防御の瞬間に隙が生まれる。

 一瞬のやり取りが必要となる戦いの場に於いては、そんな呼吸をする隙間すらも命取りになるのだ。

 振り抜いた大剣を持ち直すことなく、がら空きになった身体に豪快な拳撃を叩き込んだ。


「がはっ……!」


 大きく後方へと吹き飛ぶイル。

 もろに喰らいはしてしまったが、それでもしぶとく決して倒れず、なんとか両足で立った状態を維持した。


「手応えはあったな」


 ようやく場の動く攻撃が入った。だが、バーンズはそれでも安易に喜ぼうとはしない。

 それを見出すのは確実な勝利の後。勝負はまだ終わっていない。

 バーンズは剣を構え、未だ衝撃の影響残る身体から痛みを散らしつつ、少しでも調子を取り戻す時間を作った。

 その間にも、ふらりと身体を動かして体勢を戻すイル。

 しかし、一撃から復帰した彼女の雰囲気は、先程とは何かが違っていた。

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