第354話 剛の拳、柔の矛 8

 今流れが来ているのは間違いなくこちら側。

 そう確信しているイルは、勢いを止めず再度正面から剣を構え接近してきた。

 たとえ武器を取っていようとも、まとめて上から力で叩き潰すのみ。

 側にいてきたからこそ理解している、彼の強さ。それでも今なら正面から力を叩き込み倒せるはずだ。


「こいつで、てめえに爆轟剣ごと引導を渡してやる!!」


 かつての彼女なら、浮かんですらいなかったであろう言い回しを口にしながら振りかぶり、整備された道が凹む程に足の力を入れて踏ん張る。

 冷気を刀身に纏い、豪快に振り下ろされる、わかりやすくも破壊的な一撃。

 武器を握ったバーンズは、今度はそれに逃げることもなく、一発だけまともに付き合ってやるとばかりに、大きく後方に左脚を下げる。

 剣がそれに呼応するように、ヒビ割れのような紅い輝きの線が走っていく。


「せっかく抜いたのに、いきなりかわすような真似はしねえさ。一発、真っ向からぶつかってやる」


 まるで地面から引き抜くような居合の型。

 そして、目視でタイミングを合わせ、イルの剣に向かって振り払うように一閃を放った。


「ぶった斬れろォ!!!」


「おォらよぉ!!!」


 豪氷の斬撃と爆裂の一閃。

 力同士が剣を通して、刃が衝突するその瞬間、爆轟剣の刃からマナの爆発が引き起こり、インパクトのタイミングに新たな威力が上乗せされた。

 空気が痺れ、大地が揺れ、全身が吹き飛びそうになる。

 どちらかの刃が砕けるようなこともなく、互いの身体は弾かれ距離が離れる。

 しかし、両者にその衝撃はしかと伝わっていた。


「いっっってぇ…………爆破の威力を乗せれば多少はマシになるかと思ったが、あいつの全力のパワーは相殺し切れないな」


 規格外の馬鹿力を受け止め、もろに衝撃の伝わった両腕とそれを地面に流した両足に、怪物にでも握り締められたかのような痺れをもらったバーンズ。

 今にも手元から剣がこぼれそうだが、 ただただ意地と根性だけで手から離さない。

 やはり持ち前の怪力に関しては天性の物と言わざるを得ない。

 真っ向からぶつかり改めてそう感じたのと同時に、もう次の一手は頭の中で決定した。

 攻める為の呼吸の準備。すぐに体勢を立て直して次に備える一方で、イルも同様に両腕に強い痺れをもらっていた。


「ぐっ…………この……野郎……!」


 舐めているわけじゃない。むしろ強大な敵だと認めている。

 だがそれでも、これだけ己の力を引き上げられ、強大な武器も手にしたのに。今までの中で特に力を入れて叩き込んだのに、それすらも弾き返すのか。

 イルはこの時、一瞬だけ戦いの先にある敗北の可能性を見出してしまった。

 実際の所、この一撃の衝突によって大きなダメージを受けたのはバーンズの方である。

 だが、バーンズ側はそれを感じさせない振る舞いによって、イル側の認識を誤認させたのだった。

 まだ余裕がある。正面から思いっきり叩き込みぶつかり合っても、戦えるくらいの余力があるのだと。

 実際の所は、そこに技術も何もない。ただ根性と性格のみでそういう振る舞いを見せているだけなのだ。

 どんな痛みを負っても、その先に希望があるなら、まだ足を踏ん張って立てるなら、そこを目指して歩みを進められる。

 いわば年季の違いである。


「まだ倒れるなよイル! 俺達の戦いはこれからだからな!」


 見た目や振る舞いに余裕があっても、受けた痛みの大きいバーンズ。

 ダメージは比較的小さいが、精神的余裕に傷をつけられたイル。

 一撃の衝突を期に、それぞれ対象的な状態となった二人。

 だが、勝負はまだ決定づけられたわけではない。


「……たりめえだろうが!! 私が! 私が負けたままでいられねえんだよ!!」


 気迫の違う意地と意地のぶつかり合い。

 互いの剣にそれぞれ同時に纏う熱気と冷気をゴングに、さらなる喧嘩が幕を開けた。

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