第333話 決戦準備 8

「…………!!!」


 ルシールはまるで状況がわからないといった雰囲気で、視線を周囲に落とす。

 そして、手の感覚へと意識が向かい、大我に握られた手を認識し、一気に恥ずかしくなり赤面した。


「ひゃっ! ご、ごめんなさい、私いつの間に……」


「いや、悪いのはいきなり入れ替わった女神の方だから……」


 考えてみれば、まだ感情を学び足りないアリアならこういうことするなと、大我はこの時思った。

 照れや恥ずかしいといった、男女が触れる時のそういう視点や感情わからないから、状況に対してこの後の起きる事の予想もできない。

 そのような反応から、人間の間で起きる生物的本能であるが故に理解は示しても一人称視点での理解には及んでいない。

 考えれば、女性の形をしているのに初対面の相手に惜しげもなく水着を晒すような人物がそんな細やかな感情を解っているわけがなかった。

 先程はアリアの言葉にも耳を傾け受け入れはしたが、やっぱあの女神ムカつくなと思いながら、大我はフォローを入れた。


「そ、そう……ですか…………あの……大我さん。セレナが敵になったっていうのは……本当なんですか?」


 やや朗らかな雰囲気になった直後、ルシールは神妙な面持ちで大我に問うた。


「……誰から聞いたんだ?」


「私の中で、神様……アリア様から話を聞きました」


『これは近い将来、必ず貴女が耳を塞いでも知る事になる、そして知らなければならない事です。しかし、貴女にはとても心苦しい事実でもあります。今すぐにでも聞きますか?』


「と、言っていました。私は…………こわかったです。でも、いつか……知らないといけないのならと……すぐに聞きました。そしたら……セレナが敵だったって……」


 大我の言葉を聞き入れたことを示す、相手の心情に寄り添った前置き。

 自分の言ったことが反映されたのは良かったと思いつつも、今はそれを考えてはいられない。

 これからアリア=ノワールとの戦いが始まる上では避けられない、いつか知る事実。

 実際に戦った大我自身からはとても言い辛い。

 その点で、今回のちゃんと心情を確かめつつ聞いたアリアには感謝するところがあった。


「……そうだよ。ここに来る前に俺と、ラントと、エヴァンさんと、劾煉さんで戦った。あいつが言うには……元々敵だったみたいだ」


「そんな…………」


 ルシールの心に、事実が重くのしかかった。

 いつかは知らなければならなかったこととはいえ、敵だったということは、自分と一緒に過ごし、笑いあった日々は嘘だったのだろうか。

 あんなに楽しかった日常は、全部見せかけだったのだろうか。

 そう思いそうになったところで、大我がどうしても伝えなければと思っていた事実を加えた。


「…………けど、あいつがルシールと過ごした日々はとても楽しかったって言ってた。確かにみんなを騙してはいたけど、セレナはそれでも、ルシールの事は友達だって思ってた。どんだけ下衆な事言ってても、それだけは崩してなかったよ」


「っ…………」


 胸の苦しさの中に、一筋の光が差す言葉だった。

 たった今、大我の口から出てきた人々の強さは知っている。そんな相手との勝負の中で、取り繕ってる暇は無いはずだ。

 その最中に出てきた言葉に、偽りがあるとは思えない。皆を騙し続けてきたのは許してはいけないけど、それでも友達であることは嘘じゃなかった。

 ルシールには、それがとても嬉しかった。


「ありがとう……ございます……それを聞けて、とても嬉しいです…………セレナは……今どこにいるんですか?」


「わからない……逃げられたよ。たぶん、まだどこかにいるはずだ」


「……わかりました。改めてありがとうございます、大我さん。私はこれで……失礼します」


 それを聞いた瞬間、何かが吹っ切れたようにルシールの表情が変わった。

 深々と頭を下げて、最後に微笑みを見せると、そのまま二人の下から去っていった。

 扉を開けてすぐ。室内から死角になる位置に、途中から部屋の話を盗み聞きしていたクロエが、まるで子を心配するような眼でルシールのことを見ていた。


「聞いていたんですね、クロエさん」


「ごめんなさい。姿が見えたものだから、ちょっと心配になってすぐに用事を済ませてきたの。ルシールちゃん、大丈夫」


「…………はい、大丈夫です。むしろ決心がつきました。私は…………セレナを連れて帰ります。アルフヘイムにはセレナがいる。確信はないけど、そんな気が…………するんです」


「神様がついてるとはいえ、とっても苦しい戦いになるのは間違いないわ。それだけの勇気はある?」


「ある……とは言い切れないです。でも、大切な友達がいけない道にいるのを、放っておくわけにはいきません。私は本の中の主人公じゃないですけど……でも、せめて友達の前では、勇者でいたいです!」


 クロエは、ルシールの口から、心から出た今までに無いくらい力強い言葉に、感慨深い物を感じた。

 あれだけ気弱だった彼女が、ここまでの気持ちを振り絞れるなんて。

 クロエはルシールの手を繋ぎ、アリアが戻ってくるまでの間、一緒にいることにした。


「ルシールちゃんの覚悟は伝わった。でも、今のままじゃきっと、辛いことになる。あまり時間はないけど……少しでも自分の身を守れるように、そして、セレナちゃんに手が届くように、あたしの氷魔法を教えるわ」


 バレン・スフィアによって己を削られた時も、ずっと一緒にいてくれた彼女のことはどうしても心配になる。

 セレナが少しでも、自分の手を伸ばせるように、そして、エヴァン達と改めて肩を並べる為、二人は大我とエルフィのいる部屋から足を離した。

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