第309話

「ぐうううっっ…………!」


「ぐああああああああっっっ!!!」


 無差別に弾け乱れる閉じた空間の雷撃。

 咄嗟の判断と行動によって守られた大我と劾煉を除き、必然的に現状最も無防備なのは、エルフィとエヴァンだった。

 手元からナイフを失った今、完全防御まではなし得ない。

 エルフィは耳に入った警告から即座にマナのバリアを全身に、そして大我と劾煉にも纏わせ、二重の防御となるようにした。

 エヴァンも同様にバリアを纏ったが、たとえ彼といえど、超強力と分類できる雷撃を防ぎ切れる程の厚く硬い守りを即座に貼れるわけもない。

 その強固さがそれぞれのダメージにはっきりと比例。エルフィは耐えきったが、エヴァンは膝から崩れ、右腕を地面につく程の苦痛を負った。


「エルフィ!!」


「エヴァン殿!!」


 二人はナイフを手に取り、まずは軽症と見られるエルフィの回収へ向かう。

 それから止まらずに、エヴァンのもとへと走り出した。


「大丈夫か!?」


「ああ……エヴァンが警告してくれなきゃ危なかった……いてて。けど、あっちは俺よりもやられてるはずだ」


 その言葉の通り、現在のエヴァンは雷撃によって大きなダメージを負っていた。

 両膝と右腕一本で倒れそうな身体を支えているが、左腕は力が入らないどころではない。

 身体を支える気休めにもならない程に、不規則に痙攣を起こしており、服の下で皮膚が裂け露出した内部機構はショートを起こしている。

 おそらくきちんとした修復が成されるまでは、左腕は当分使い物にならないだろう。


「よかっ……た…………みんな……無事みたいだね…………ぐっ……」


「俺達は大丈夫ですから、それよりも、自分の心配を!」


「僕はまだ…………大丈夫だ……けど、ちょっと、左腕はだめそうかな……すまない、もっと早くセレナの戦略に気づくべきだった……」


 ふらり、ふらりと、劾煉に手渡されたナイフ一本を支えにして、ゆっくりと立ち上がるエヴァン。

 そんな彼らの元へ、地面におちたときの砂埃を既にきちんと取り去った姿のセレナが、自慢気な顔で近づいてきた。


「自分達の策と安易な助けで足元掬われた気分はどう?」


「この……まさか、最初からこれを狙ってたのか」


「んなわけないでしょ。いくらセレナが強くても、それは買い被りすぎ! まあ、高い評価もらえるのは嬉しいけど?」


 セレナはこれ見よがしに、手のひら上に太陽のような火球を作り出し、意味もなく語り手のような雰囲気を作り出す。


「最初閉じ込められた時は本気で焦ったんだよ? まさかラントがこんな作戦仕掛けてくるとは思わないじゃん。けど、セレナは諦めないで、偽神の天眼すら通さない空間でどうしようかなってそれなりに考えてたの。そしたら、大我とそこの面倒なのを見て思いついたの。こうすれば全員をいちいち相手にしないで、上手くいけばまとめて倒せちゃうかなって」


「思いついたにしてはえげつねえことするじゃねえか」


「まあね。本当はセレナから氷ばらまいてもよかったんだけど、自分で冷やしちゃ意味ないし、こっちから仕掛けちゃバレちゃうだろうし、それに…………自分達の行動で味方が危険に陥った方が心痛むでしょ? そこの筋肉男はどうでもいいけど、大我は死ななきゃまあいいし」

 

 可愛らしく、耳に心地よい声と笑顔でつらつらと即興で作り上げた作戦を説明してみせるが、その隠す気もない本性は悪辣そのもの。

 大我は、もう可愛いという環状すら割り込まない程に憤りを覚え、ナイフを持つ右手握り締めた。


「てめぇ……」


「すまないみんな……俺が安易なことを……」


「気にしちゃ駄目だ、大我君も、エルフィも。それこそ向こうの思う壺だ。それに…………僕にも責任の一端がある。プライドのせいで、安い挑発に乗ってしまった未熟さが、彼女の描く環境作りを早めてしまった」


 エヴァンはナイフの持ち方を変え、刃の側面を指で何度かこんこんと叩いた。

 その動作をセレナは見逃さない。


「すまないが、ナイフを渡してくれないか」


 現在持っているナイフの切っ先を地面に向け、ひゅっ、と林檎が木から落ちるように落とした。

 刃が土の上に突き刺さり、まるで台座に差し込まれた剣のような身姿になっている。

 大我はあえて何も言わず、言葉のままに手渡した。

 直後、手の内に戻ったナイフの先端を、地面に刺さった方の柄に突き、形状変化させた。

 二本のそれは、本来の姿から大きく姿を変え、一本の槍の姿へと生まれ変わった。


「…………そういえば、そんなのあったっけ」


「たかが腕を一本使えなくなったくらいで、僕の首を取れるとは思わないでほしいね」


 隻腕での戦いとなる以上、十八番である双刃では大きく戦闘力が下がってしまう。

 一本の武器にすることで、その影響を大きくカバー。エヴァンの戦意は決して衰えてはいなかった。


「僕はサポートに回ろう。おそらく二人の動きに今はついていけない。頼んだよ、大我君、劾煉さん」


「任せてください。そろそろ逆転しないと、俺の気がすまねえ!」


「承知した。だが、無理はされるな」


 戦意喪失どころか、さらに奮い立ち、気合が高まった大我達、

 その眼光はセレナの一点を見つめ、必ずお前を仕留めてやるという意思に満ちていた。

 作戦こそ成功し、大きな損害も与えることができた。が、彼らの心は折れるどころかより強固なものになってしまった。

 面白くない。

 セレナはエヴァンが行った不自然な行動の正体を掴めないながらも、それも関係なしに叩き潰すと、冷たく見下す顔で四人に視線を突き刺した。




 時間はわずかに遡り、エヴァンのナイフが地面に刺さった頃。

 外部から己が創り出したドームを護り、外敵が現れないか監視し続けていたラントの元に、何の前触れもなくメッセージが届けられた。

 その知らせは、彼の目の前にあるドームの壁に、文字として刻まれる。


「これは…………」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る