第305話

 何者にも視覚そのものを阻害する事は出来ない、絶対的視覚支配魔法「偽神の天眼」。

 どれだけ入り組み乱れた道であっても、範囲内かつ僅かな隙間が存在すれば、容赦なくその先まで認識することが可能。

 だが、そんな完全無欠の視覚魔法であっても、弱点は存在する。

 一つは、あくまで偽神の天眼はただ超広大な視界を得る事が出来るだけであり、その他魔法能力が強化されるわけではない。

 その弱点は、セレナ本人の超常的な能力によってカバーされている。

 二つ目は、得るのは視覚のみであり、音まで確保することは出来ない。これも能力の存在が知られていなければ些細な事でしかない。

 そして三つ目は、有効範囲内であっても、完全に閉鎖された空間に対しては視覚を作ることが不可能。

 窓付きの家屋のような、閉じられていても外から内部を確認可能なものであればそこから視認することはできる。

 しかし、隙間一つ存在しない小さな箱に対しては、地面に接地した面以外全てを確認できても、中身を確認することは不可能なのである。


「…………1対3なんて、か弱い女の子に申し訳ないって思わない?」


「今更白々しいこと言ってんじゃねえよ!! むしろその神経すげえな!」


 そしてそれは、使用者が閉じ込められれば外側に視界が向けられなくなることを示している。

 

 ラントは全てを意図していないながらも、その中の三つ目の弱点を見事に突いたのであった。

 異常なまで広い視界を持っていても、閉鎖空間ならばその広さ分の視界しか持つことはできず、大我達の行動範囲内に十二分に収まる。

 セレナの持つ一方的なアドバンテージは大きく縮まり、まさしく神の座から人間の世界にまで引きずり降ろされたのだった。


「さて、偽神の天眼を活かせない環境。そっちに残されたのは強大な魔法力と身体能力のみ。一体どうするかな?」


「もとより神の如き力を得ている者。只で終わる訳はあるまい」


 弱ったからハンデほしいと言わんばかりの言動にも、決して油断はしないエヴァンと劾煉。

 捨て身で肉弾戦を挑まずとも、行動区域が制限されたことで半強制的な接近戦に持ち込めるようになり、確実に風は大我達に吹いている。

 にも関わらず、セレナは焦りこそ見せても根本からのピンチに至っている様子は無い。

 大我達は神経を研ぎ澄ませ、セレナの一挙手一投足を凝視した。


「まあね。別に今は末端まで見る必要ないし」


「見られないの間違いだろ」


「…………そっちがどんな風にセレナの力を見越してるのか知らないけど」


 セレナがいくら今まで通りの余裕を作ろうとしても、すぐにぶつけられるお返しに不快感を露骨に表しながら、両手を腰の後ろに隠す。

 彼女の詠唱をわからなくする単純かつ効果的な行動。大我達は身構え、何が来てもいいように全身を緊張させた。


「これだけでセレナに勝てるわけ無いでしょ」


 四人の予感は見事に的中。地面ががたっと揺れる感触が足裏へと伝わってくる。

 反射的にその地点から離れると、脳天まで貫かんとばかりの硬質な土槍は発生した。

 ほぼ無詠唱と言っても過言ではないセレナの魔法は、あいも変わらず脅威である。

 そこから間髪入れず、セレナは右手を堂々と晒し、指でくるっと円を描く。

 簡単な絵描き動作で生み出されたのは、触れただけで全身が焼け焦げてしまいそうな程に獰猛な、巨大な雷球だった。

 それを空中に無数に描き、ぽんっ、と指で押して発射した。

 その弾速は早いが、大我達ならば確実に避けられる速度。

 回避した雷球はそのまま留まることなく、ドームの土壁に命中し爆発。内部に土煙を発生させた。


「だから今からぶっ倒してやるってんだよ!!」


 真っ先に足を走らせ接近したのは大我だった。

 耳元でエルフィが、雷球の発射方向のアドバイスを入れながら、身体能力を駆使して直線的に避けつつ前進していく。

 命中する危険も考慮して、予めエルフィがバリアを纏わせており、ようやくコンビが戻ったことを強く示していた。

 大我は足元を爆破しながら踏み込み、一気に距離を詰めて右の拳を振り抜く。

 セレナはまるで風になったかのようにひらりとバックステップし、難なく回避した。


「お前には言いたいこと色々出来たからな! まずはその天から目線を引きずり下ろしてやるよ!」


「やれるもんならやってみなさいよ。大昔の化石にできるんならね!」

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