第304話

「っっ!? 一体何が起きてるの!?」


 一帯に発生した地震は、当然大我達にも自分と同じように影響を及ぼす筈である。

 だが、足元が揺れているにも関わらず、彼らは怯む素振りすら見せず、あらかじめ把握していたかのように迷わず突っ込んできている。

 セレナは確信した。これは自然現象などではなく、大我達が意図的に起こした仕掛けである。

 この戦いこそ完全な偶然ではないにしても、全てが必然として引き起こされたものではない。

 事実、エヴァン以外はセレナの正体や対峙に戸惑いをはっきり示していた。

 ならば、こんな大それた仕掛けを、偽神の天眼を掻い潜り、大我達への通告も済ませての実行が可能なのか。

 自分の視えない場所で、自分を陥れる作戦を見事に立てられていたことに強い不快感を覚え始めるセレナ。

 直後、セレナの周囲を大きく取り囲うように、地面から強固な土の壁が作り上げられ始めた。


「ああもう! わけわかんない!!」


 自身の明確な追い込み。セレナは右人差し指を動かし、土壁の破壊を試みた。

 だが、軽い一発だけではビクともしないどころか、いくら壊しても即座に修復してしまう。


「まさか……長時詠唱!? けど、みすみす閉じ込められてなんか!」


 どうして、どこで、誰か、自分に向けて長時詠唱を使用する時間を作れたのか。

 今そんなことはどうでもいいと、セレナは次々と作り上げられていく土壁のサークルからの脱出を試みた。


「そう易易とは」


「逃がさん!」


 千載一遇、たった一度のチャンスを逃すわけにはいかない。

 焦りを強く表しているセレナの進行方向を予測し、エヴァンが炎を纏ったナイフを投擲。

 それを追うように劾煉が、両脚の筋肉に全力を振り絞らせて駆け抜ける。

 たとえ異常な程広い範囲を視認できても、それは本人が万全な状態でなければ駆使する事はできない。

 焦りによって反応と判断が遅れたセレナは、ナイフを弾く為に右親指を動かそうとしたが、直前でどの属性魔法の選択が正解か、と迷いが出てしまった。

 炎を纏ったナイフは炎風を巻き起こし、セレナの足を止める。

 隙をついて劾煉が、ダッシュの勢いを殺さないまま、奮起させた右腕から、空気すら潰すような裏拳を放った。


「あっぶなっ!!」


 その一発に当たれば、間違いなくひとたまりもない。弾き返そうにも時間が足りない。

 セレナはやむを得ず後退し、自分達を包み込もうとする場の中心へと戻った。

 

「どうなってるの一体……! 今ここに、こんな土魔法使える奴なんていないはずでしょ!?」


 自身が得ている情報と、現状の矛盾、大我達にいいように転がされている苛立ちから、脳内に浮かんだ言葉をそのまま吐き出した。


「土魔法使いがいねえだと!? 誰かのこと忘れてんじゃねえだろうなァ!!!」


 その時、どこからともなく、セレナにとっても大我達にとっても聞き馴染みのある声が聞こえてきた。

 本人の姿はどこにも見えなかった、だが今の一声で、彼がどこにいたのか。この長時詠唱の仕掛け人が誰なのか。全てを理解した。


「まさかアンタ、地面の中に…………!!」


「うおおおりゃあああッッ!!」


 次々と形作られていく強固な土壁。それは円形を保ち、少しずつドームを形成する。

 そしてその外側の地面から、間欠泉の如く姿を現したのは、土魔法のエキスパート、ラント=グローバーだった。


「俺を忘れてんじゃねぇぞセレナァ!! テメェも近くで見てきただろうが! 進化を続ける俺の土魔法を!!」


 己の愛する魔法と一つになったかのような土まみれの姿で、どうだ思い知ったかと言わんばかりに煽りに煽るラント。

 地面に穴が空き、偽神の天眼によって内部の視認が可能となり、ラントがいた土の下を確認する。

 それを見たセレナは、意味がわからないとばかりに目を見開き驚愕した。


「まさかあんた……偽神の天眼の範囲外からずっと穴掘って来たの!?」


「そうだよ!! 俺か思いついた、一回だけの奇襲戦法だ! 開けた外はちゃんと見えても、土の下までは見えねえよなァ!!」


 時は遡り、偽神の天眼範囲外でのラント達。




『セレナをドームに閉じ込めて、そこで決着をつける!?』


『そうだ。アイツが言ってた力はとんでもねえ範囲を視る力。けど、閉じられた箱の中身までは見えねえんじゃねえかって思ったんだ。そこまで言ってんならもう透視だからな』


『ふむ、面白い案だ。其の様な面妖な力に立ち向かうなら、奇策でも何でも使うに限る』


『けど、そんなの出来んのか? セレナの魔法の力はとんでもねえんだろ? 内側からでも簡単に破壊されるんじゃ』


『ああ。俺か付け焼き刃で創っても、確実にぶっ壊される。だから長時詠唱で強化して、簡単に壊されないくらいの強度で創り上げる。けど、アイツの視える範囲でそんな悠長な事は間違いなく不可能だ。つーわけで、俺は穴を掘りまくって一緒に向かう』


『モグラじゃねえんだからよ……』


『…………して、どれ程時間を要する』


『ざっと考えて、到着から五分前後ってとこですね。なんで、二人に伝えてください。五分だけ待ってくれって』


『承知した。二人には必ず伝えよう』


『…………よしわかった! 正直もっと絶妙な案来るかと思ったけど、そういう泥臭いのも悪くねえ。俺もその作戦に乗ろう!!』




「こんの…………よくもやってくれたじゃない!!!」


 お得意の土魔法によって、常人の何倍もの速度で掘り進み、地上で劾煉とエルフィが進むのとほぼ同じペースで到着したラント。

 そこからはひたすら長時詠唱によってマナとの接続を重ね、三人が決着をつけるのに相応しいフィールドを作り上げる為の準備をひたすら続けたのであった。

 かつての彼ではおそらく出来なかった、今のラントだからこそできる助力の行動である。


「テメェには散々聞かせたが、改めて今言ってやるよ! 俺ァじきにアレクシスさんの力を受け継ぐ男 ラント=グローバーだ!! エルフだろうがドワーフだろうが関係ねえ! 誰が何言おうが、テメェが指一つでやべえの撃ってようが! 土魔法は俺の領分だってな!!」


 硬質な土壁が、陽の光さえ遮っていく。

 空間の繋がりが断たれ、空気が、風が、小さな光も届かない。完全なる閉鎖空間のドームが完成した。

 同時に、術者と魔法の繋がりが断たれたことにより、上空に待機していたシリウススパーダは消滅した。

 己のやるべきことをひとまず達成したラントは、その場に座り込み、先程のぶちまけた感情とは裏腹に、落ち着いた真剣な眼差しを保ったまま座り込んだ。


「あとは頼むぞ、大我、エルフィ、劾煉さん、エヴァンさん」



* * *

 


 指がどこにあるかもわからない、光の存在しない暗闇の空間。

 エルフィは小さな光球を無数に作成し、ドームの内壁にくっつけて光源を作り出した。

 ラントの手によって生み出された、余計なモノが一切存在しないバトルフィールド。

 戦う準備はもう出来ていると、緊張を切らさない大我達。一方、セレナはそれまでの明るく元気な振る舞いとはうってかわって、露骨な程に負の感情をその顔から発露させていた。

 不快、ムカつく、イラつく、忌まわしい、虫酸が走る、気に入らない、力の差は歴然なのにがんばって抵抗してくれちゃって。

 大我と目があった直後にも、今までのような軽口が出てこない程には、セレナは腹の底が燃えるような気持ちになっていた。


「ようやく俺達に流れが巡って来た。ラントには感謝してもし切れないな」


「…………うっざい」


 ダウナーな感情が垂れ流しになっているセレナ。

 大我は拳を手のひらに打ち付け、劾煉とエヴァンはそれぞれに構えて、いつでも戦いの再開準備を整えた。


「さあ、第二ラウンドと行こうぜ! セレナァ!!」

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