第292話

「ぐうっ………」


「な、なんだ一体!?」 


 地面を大きく抉るような、全身を爆風で痺れさせる威力。

 大我は衝撃に流されるように吹っ飛びながらも、空中で体勢を整えて、一回転しながら着地した。

 ラントは両腕を盾のように構え、鍛えたパワーと根性でなんとかその場に踏ん張り、エヴァンは二本のナイフ切っ先をかち合わせて盾を作り、吹き飛ぶ破片を防ぎながら状況確認を行った。

 だが、先程までの注視と同様に、結局協力者らしい人物は見当たらない。

 こちら側から見えない位置から、ここまで正確に位置を把握しての攻撃が可能なのか?

 それとも、これはセレナが仕掛けた何かしらの罠なのか。

 頭の回転を止めず、常に何が起きているのかを、少ない材料でエヴァンは考え続けた。


「あーあ、さすがにこれくらいの攻撃じゃあ止まってくれないよね」


「前触れも無かったぞ今の。あれがあいつの攻撃だってのかよ……でもこの攻撃、どっかで……」


「あーー! てめえさっきの爆発、劾煉さんを襲ってた奴と同じじゃねえか!! まさかあの時妨害してたのお前か!!」


 どこか大我の記憶の奥底で引っかかっていた、背後からの爆発攻撃。

 一体どこで見たんだと考えていた矢先に、ラントがそれを見事に思い出してみせた。

 それは、ゴブリン達の村、サカノ村で、冒涜的な姿で造られた継ぎ接ぎのアンデッドと対峙した劾煉に、突如襲いかかってきた爆発と同質の物だったのだ。

 確かにその時、側にはセレナが同行していた。

 セレナはようやく気づいたんだって、ちょっと呆れるような表情を見せながら、改めて口を開いた。


「よーやく気づいてくれたんだ。アイドルなのに目立っちゃダメなんて結構大変だったんだよ?」


 もはや隠す素振りなど一片も感じられない。

 もう何もかも話してしまったからだろうか、セレナの表情には、どこか今までに無いような解放感と心からの楽しげな笑みが、そして全身を突き刺すような悪辣さが溢れていた。

 だがそんな言動に直球のリアクションを起こすこともできず、三人はただただ警戒を強めるのみだった。

 無理もない。たった今の爆発攻撃には、予備動作どころか詠唱すら見当たらなかったのだから。

 一体これは何なんだ。威力に見合わない一連の流れの数々が、より神経を尖らせた。


「それで、これからどうするの? セレナを倒しちゃう?」


「てめえがんなこと言わなくても」


「そのつもりだ!!」


 牙を剥いた相手ならば、たとえ友人であってもぶつかり合うしかない。

 セレナは明らかにこちらに害意を向けている。こちらも真っ向から戦わなければ間違いなく生き残れない。

 大我とラントは、同時に真正面から突っ込んでいった。


「二人共! ……仕方ない」


 手の内もわからないのに、と引き留めようとしたが、この現状では、こちらから仕掛けて対処への手がかりを引き出すしかないだろう。

 エヴァンも少し遅れて、少々離れた位置から回り込んで攻め込んでいった。


「女の子相手に三対一なんて、弱い者いじめなんだー」


「お前のどこが弱いんだっての!!」


 大我は指輪を光らせ火球を作り、ラントは地面に突き刺すように爪先で地面を蹴り、そこから思いっきり振り抜いた。

 大我のぶん投げた火球と、ラントの詠唱によって硬化、鋭利化した土弾が、直接セレナめがけて放たれた。


「誰がセレナのこと弱いっていったっけ?」


 だが、背中で組んだ手を解くことすらしないまま、一瞬次元の違う相手を見下すような目線をぶつけ、セレナは二発の魔法に対して、何の詠唱も無しに発動された爆発を再び発生させ、いとも簡単に相殺してみせた。

 その隙に回り込んでいたエヴァンが、完全に死角となった背後から、一本のナイフを持ち迷い無く突きを放った。

 もう一本のナイフは回避された際の保険として、既に詠唱を済ませた状態で地面に突き刺している。

 あとはエヴァンの合図で自動的に飛び道具として放たれるようにしていた。

 現在セレナの視線も意識も、間違いなく二人へ向いている。

 もう間もなく刃が届く。だがその時、明らかにエヴァンへと向けられた言葉が、一切視線を後方へ向けられないままに耳に届いた。


「セレナにちっとも油断しないなんて偉いなー。姑息な後出しまで用意してるなんて」


「――――!!??」


 どういうことだ。間違いなく一度もこちらを見ていないはずなのに。

 発する音も最小限に留めた。大我達への対処もあって、音は掻き消されているはずだ。

 今は一切セレナから意識を反らしていない。セレナ側からこちらへの意識を向けた痕跡は存在しない。

 にも関わらず、なぜこの瞬間の手の内を全て把握しているんだ。


「でも、それだけじゃあまだまだだねっ」


 ナイフの切っ先が届く寸前、セレナは右手の薬指をくいっと小さく動かす。

 直後、エヴァンの足元がざわざわと蠢き始めた。

 危険を察知し、エヴァンはその位置から体勢をととのえ、腕を引っ込めつつ後方へとバックステップした。

 彼の危機察知は的中。刺し穿つような岩石の槍が、地面から強く隆起した。

 地面に設置したナイフすらも巻き込み、二の手すら吹き飛ばす周到さ。

 エヴァンはナイフを回収し、一旦大我達の元へと戻っていった。


「チャンスを逃した……いや、あれはチャンスだったのか……?」


 意識が外に向いている間に確実に背後を取ったのに。そんな千載一遇の好機すら、もしかしたらアレはわざと誘い込んだのではとしか思えない。

 一体彼女は何なのか。どうしてあんな二重の攻撃を全て把握し、まとめて潰せたのか。

 もしかしたら、自分達の想像も及ばないような力を持っているのか。

 原因をとにかく考え続けていたエヴァンと、ついでに大我とラントに向けて、セレナは面白いものを見るような雰囲気で話の主導権を握った。


「うーん、今みんなはこう考えてるでしょ? 『なんで詠唱も無しにあんな魔法が使えてるのか』。それと『どうして見えない位置から反撃できたのか』」


 三人を掌の上で転がすように、当然の疑問を言い当てて見せるセレナ。

 まさしくその通りとも言う必要すらなく、三人はただ黙っていた。

 だがここでエヴァンは一つ、たどり着きたくなかった仮説が浮かび上がった。


「まさか、その眼以外の『視界』を持っているのか?」


 協力者はいない。だが広すぎる探知範囲。

 それもこれも、極大の認識範囲を有しているとすれば、追いかけるエヴァンを後方確認もせずに正確に誘導できることも頷ける。


「ふふっ、さっすが。魔法に関してはね、本当はセレナも詠唱してるんだけどね。こっちは言ーわない。でも後の方は教えてあげる。どうぜ言った所で三人にはどうしようもないし」


「おう、随分と自信満々なこと言ってくれんじゃねえかオイ」


「だって事実だもん。種明かしするとー……セレナはね、すっごい広い範囲を視界として認識することができるの。自分の顔についてる眼を頼らなくてもね、後ろに何がいるかも、離れた席から入店してきたお客さんの人数や姿も、建物の屋上で覗いてたストーカーも、大我達が通ってきた途中の道も、ここから見えない木々についてる小さな傷までね、全部見えるんだよ」


「…………ハッタリかなんかかよ」


「たとえば大我、今右手を背中に置いてるけど、不意打ちに炎の球ぶつけようとしてるでしょ?」


 大我は耳を疑った。

 確かに自身の行動を言い当てられた驚きはある。だがそれよりも、既に火球が完成した後ではなく、たった今作り始めた瞬間にそれを言い当てられたのだ。 

 まだ火の粉が掌に舞い始めたレベルのタイミングなのに。彼女の言うことは間違いないだろう。

 だが同時にそれは、まるで悪夢のような何かに直面しているようにも感じられた。


「これがセレナだけの力、セレナだけが使える魔法、『偽神の天眼』だよ」

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