第280話

「あんなの当たったらたまったもんじゃねえな。こうなったら、壁もちまちま作るだけ無駄か。だが、そんなにバカスカ撃てるわけでもなさそうだ」


 小賢しく行動封じの壁を作り出しても、たった一撃でその全ては霧散してしまう。

 これだけの威力を身体から放てるのなら、行き止まりにした巨大な壁も撃ち抜いて逃げ続けることも可能だっただろう。

 しかし、それをしないということは、撃てる回数が決まっているか、発動までに時間がかかるのか、それとも……

 ともかく、何かしらの現状では無視しにくいデメリットがあることを冷静に分析するラント。

 本来はこのような細かなことを考えての戦術は好まないが、アレクシスとの修行によってその部分は柔らかくなっていた。

 一方の大我は、露わになった偽ティアの異形の姿が、ぼやけ気味だった苦痛の記憶を無理やり引っ張り出した。


「……思い出した。あの姿、フロルドゥスって奴が同じ体勢や攻撃をしてきたんだ」

 

「――!? バレン・スフィアの中にいたあの女か……」


 アルフヘイム周辺の世界観から逸脱した箇所から導き出された、奇妙な共通点。

 そんな偽ティアは、口から剥き出しになった砲門を再び体内に収納、両手両足、下半分の唇含めた下顎と、身体中の変形機構を元に戻し、再びティアの姿を取り戻した。

 残された壁部分に背中をくっつけ、一旦姿を隠している大我達は、今は下手に動かないようにと待機し続けようとした。


「で、どうすんだよ大我。準備は必要なんだろうが、あんな無茶苦茶な動きする奴、不安要素いっぱいあんだろ」


「まあな。けど、今のところ負ける気はしな」


 不安を見せない強気の言葉を返そうとした直後、まるで旋風のような速度で、一瞬にして二人の間に偽ティアが現れた。

 ティアの能力からの資質か、周囲に風を起こして砕けた砂を外側は吹き飛ばしながら近づいてきた彼女は、身体の向きをそのままに、頭部だけ大我の方を向いた。


「優先すべき迎撃対象を選択」


 遅れて身体の向きも一緒にした偽ティアは、目にも止まらぬ速さで、一気に接近。

 速度を乗せたストレートが真っ直ぐ大我に向かって放たれた。


「ちぃっ!」


 反射的に大我はステップ移動で回避し、下手に攻撃を喰らわないように改めて距離を取った。

 偽ティアのストレートは、そのまま身体をくっつけていた建物の壁に命中し、大きく爆裂の痕のような陥没を引き起こした。


「ティアにあんなパンチ出せるわけねえだろ……」


 それを見ていたラントは、長い付き合いなだけあって、思わず素直な感想を口からこぼした。

 直後、その言葉に反応するわけでもなく、ただ最も近い距離にいたという理由から、壁を殴って反動をつけ、同じ迎撃対象のラントに接近。

 激しく動いても眉一つ動かさない無表情のまま、鞭のような回し蹴りを繰り出した。


「それだってなぁ! そんなキレキレのキック出せる奴でもねえよ!」


 だが、ラントはその真っ直ぐな動きをしっかりと見切ってみせ、強引に振り払って距離を離させた。

 その言い聞かせるような発奮が、大我にもラントにも、彼女がティアではなく、ティアの形をした何かだという印象を刻み込ませる。

 親しい友達の姿と声をしているだけあって、どこか振り切れなかった気持ちが、ようやく晴れ始めた気がした。

 

「で、どうすんだ大我。あいつは倒すのか」


「俺は倒した後で、色々聞き出した方が良いと思う。あいつの存在自体に分からないことが多すぎて」


「……それ、エルフィの意見か」


「さすがにバレたか。まあ俺もそれには同意見だからさ。それに……大切な友達に化けといて、ただで済ませたくもないからな」


「同感だ。お前との同調は気が引けるが、今回ばかりは気持ちを合わせてやるよ」


 二人が同時に抱いている、倒すという意思と、ティアに化けて騙そうとしたことを後悔させてやるという報復の心。

 だがそれ以上に、二人の間には言わずとも共有されている、大前提の気持ちがあった。

 それは「一切負ける気はない、負ける気がしない」というお互いの実力を信頼した根底の部分だった。

 得体の知れない敵、矢など比べ物にならないような目視できない金属の弾丸、石壁と木っ端微塵に吹き飛ばす光線。

 それらを目の辺りにしても、アレには勝てるという不思議な確信があった。

 

「んじゃあ、早いとこ倒して戻るか!」


「先に倒すのは俺だからな!!」


 確固たる敵と認定した以上、やることは一つ。信頼をしているからこその、深くは言わずともできる判断。

 完全に戦闘態勢を整えた、エルフィも含めた三人は、同時に偽ティアの懐へと飛び込んでいった。 

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