第261話


「あ……あ、あ、あああ――――あああ⬛`#&$&??ああああ⬛⬛⬛⬛あああ!!!!!」


「うわ…………こりゃ酷いな…………」


 無線接続により、セシルの電子頭脳へとアクセスして内部データを閲覧しつつ穢れの原因であるウィルスや不具合を解析していくエルフィ。

 しかしその中身は、エルフィの予想を超えて惨憺たるものだった。

 解析と並行したクリーンアップ作業が行われると、セシルは暗い海を揺らすような痛々しい電子音混じりの悲鳴を上げ、両目を見開き、両手両足を暴れさせるように痙攣しながら腰を打ち上げられた魚のように跳ねさせた。


「…………あたしに今出来るのはこれくらいだ」


 誰の目にもわかる程の苦しみのたうつ魔女の姿。  

 アリシアは少しだけ身体を下半身の方へと移動させて、体重をかけて暴れる下半身を抑えつける。

 それを手伝うために、直後に大我も走り寄り、エルフィの邪魔にならないようにと、今にも自身の動作だけで折れてしまいそうな程に乱れる両腕を握った。


「エルフィ、そんなに酷いのか」


「酷いなんてもんじゃねえな。人格データもぐっちゃぐちゃだし、基本システムから魔改造ってレベルで編集されてて、普通の住人のそれからもう原型とどめてねえよ。メモリも大部分が破損してるし……穢れの排除は出来そうだけど、問題はその後だな」


「いやああ⬛@#(あああ!!! お兄様!! いかナ#=ー@$(⬛⬛⬛!!!」


 右眼は涙を流しながら白目を剥いては上下左右に激しく動き回り、左眼瞳が真っ直ぐ中央の位置を保ちながら小刻みにブレるように震えている。

 歪に積み上げられた城の如く、形が崩れながら無理矢理保たれていたセシルの内面。

 黒く変形させられた世界が消えていく。実体の無い兄の声が消えていく。絶望を見えなくしていた幻が祓われていく。

 神の遣いがもたらした光によって、真実の世界が拡げられていく。

 不思議と全身を縛り付けていた苦しみが解かれていく。しかし同時に、記憶にない視界のブレとはっきりとしない思考が生まれる。


 この人達を倒さないと、殺さないと、お兄様の為に、お兄様が復活する為に……………………あれ、でもどうやって、どうしてそうしたらお兄様が…………お兄様はどうしたの? お兄様は…………

 

「まだやるってのかよ……」


 エルフィの解析作業の真っ最中、セシルの側で支える三人を取り囲むように、再び霧が作られ、鋭い氷柱と水弾が作り上げられる。

 しかしその形は、それまでよりも非常に歪であり、形成した段階で既に氷柱はボロボロで、水弾は丸の形状がブレて歪んでいた。

 発生した霧も密度が非常に低く、濃霧どころかただのちょっとしたモヤ程度にしか感じない。

 危険が及ばないようにと臨戦態勢を整えようとした大我に、アリシアが小さく首を降って、そんな必要はもうないとそっと伝えた。


「彼女にはもう反撃するだけの力は残っていないよ」


 鎧が大きく傷つき、身体中に傷を作ったミカエルも、ティアと一緒に大我達の側まで合流する。

 その頃には既に、セシルの痙攣も収まりを見せ始め、ようやく事態の終息が近づいたように感じた。

 光を失った虚ろな目で、エルフィの横の天井を見つめるセシルの眼は、ずっと感情を洗い流すように涙が溢れ続けていた。


 次第に刃を向けられることもない魔法の残照は発生すらしなくなり、少しずつ四肢や身体の痙攣は収まり止まっていく。

 そして、長い時間をかけたエルフィの浄化作業は、全身の異常な挙動の停止と同時に終わりを告げた。


「ふう…………一時はどうなることかと思ったぜ。無害化には成功したけど……逆に言えばそれまでしかできなかったからな。あとはこいつ次第だ」


 エルフィが手を離し、最後は優しく身体を押さえていた大我とアリシアもセシルの身体から離れる。

 そこにいたのは、涙を流して力無く倒れる、ボロボロのドレスに身を包んだ一人の少女の儚い姿。

 完全に機能停止したわけではないが、もう彼女には戦えるだけの力と意思は残っていないだろう。


「…………終わった、んだよな」


「ああ、あとは…………」


 深い霧に惑わされ続けた戦いもようやく終わり、それぞれに強張った心をゆっくりと解きほぐすように胸に手を置いたり、膝を崩したりと合間を置く一同。

 そんな中でミカエルは、仰向けのセシルの横で膝をついた。

 その表情には、悲しみとも安堵とも哀れみとも取れる感情が見える。

 直後、セシルの瞳にゆっくりと光が灯り始め、少しずつか弱い指が動き始めた。


「………………ぁ………………ぅ………………」


 うまく言葉を紡ぎ出せないような、喉奥に支えが入っているようなか細い声を発し、穢れから解放されたセシルは再び目を覚ました。 

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